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ある罪人の話
しおりを挟むもうすぐだ。
もうすぐ着く。
まだあの家にいるだろうか。
あの人は・・・ちゃんと僕を罰してくれるだろうか。
まる二日、歩き続けた足は棒のようだ。
この時ばかりは、田舎にある自分の故郷が恨めしい。
竹筒の中の水も空っぽになってから、もう数時間が経っていた。
いよいよ渇きが酷くなってきたところで、さやさやと流れる小川に遭遇した。
走り寄り、膝をついて水を飲む。
腹いっぱいに水を飲み、僕は安堵の息を吐いた。
「今倒れる訳にはいかない。ここまで来た意味が無くなってしまう」
竹筒に水を満たしながらそう呟く。
ヨキが羨ましい。
僕は同房の受刑者の顔を思い浮かべた。
王都出身だから、牢を出たら30分で家に着くって前に言ってたっけ。
逆に言えば、被害者やその関係者もすぐに牢獄のある場所に来られるって事だ。
二日も歩かなきゃならない僕とは大違い。
だから、ヨキはあんなすぐに罰を受けることが出来た。
あと三日でこの世界が消えるという陛下の発表の後には、残る日々の過ごし方は各人の判断に任されるという言葉が含まれていた。
そして、牢獄にいる罪人たちの釈放も、その処遇についても。
牢から出された罪人たちは、どこに行くのも自由で。
でも受けるべき処罰を満了せずに出る訳だから、被害者たちの恨みつらみから守られるべき法的な理由は綺麗に取り去られる事になる。
つまり誰でも僕たちを裁けるし、殺せるという意味だ。
それは被害者でも被害者の親族でも、あるいは全くの他人でも同じ。
なにせ、その発表以降の三日間は、何をしたとしても罰せられることはないという国王陛下からのお墨付きがある。
報復として何を行なったとしても構わないのだ。
もともと、投獄よりも自分たちの手で、と願っている人たちは多い。
彼らにとっては念願が叶った、というところなのだろう。
「ヨキはさっさと済んでたみたいだったな」
強盗殺人の罪を犯したあいつは、王都には戻らないと言っていた。
牢を出されて、すぐに逆の方向に向かって走り出したっけ。
だけどきっと、誰かが牢の出入り口近くで待ち構えていたんだろう。
僕も牢獄を出され、故郷に向かって歩き始めた後、それほど経たずにあいつの叫び声がどこかから聞こえてきた。
さくさくと土を踏む音と共に歩を進める。
やがて、どこか懐かしい風景が目に入った。
記憶がもうすぐだと僕に教えてくれる。
きっと、もうすぐ、あの人は僕を罰してくれる。
何も出来ず、こんな事でしかあなたの役に立てなかった僕を。
まだ、もし、あの家に住んでいるなら。きっと。
元から人通りの少ない砂利道は、今は誰も歩いていない。
一歩、一歩、踏みしめながら、僕は記憶にある丁字路を曲がった。
・・・ああ。
懐かしい、僕の家。
そして、その隣にあるのが。
大好きだったあの人の家だ。
ろくに家に帰らない遊び好きの父親と、酒が入ると娘に暴力を振るう母親。
そして、いつも泣かされていたあなた。
僕はあなたをどうにかしてアイツらから助けたくて。
でもどうしていいか分からなくて。
だから。
だから。
脳裏にあの時の光景が蘇る。
血塗れの僕。呆けているあなた。
足元には、あなたをずっと虐げてきた二人が転がって。
これで、あなたは自由だ。
そう思って、僕は笑った。
なのに、あなたはやっぱり泣いた。
血に塗れて笑う僕を見て、泣いたんだ。
そうか。
あなたは、僕を見ても泣くんだね。
ダメな子だな、僕は。
僕も消さなきゃいけなかったんだ。
どうしよう。
手に持っていた包丁を自分の胸に突き立てるべきか、それとも彼女自身がそうしたいかを聞いてからにするべきか。
迷っているうちに警察が到着してしまった。
牢に入れられ、強制奉仕と作業に明け暮れる日々。
作業に対して与えられたお金を、毎月あの人に送り続けた。
少額だから大して役にも立たなかったと思うけど、でもどうしてもあの人が気がかりで。
幸せになれていますか?
今日は笑えていますか?
もう、誰もあなたを泣かせてはいませんか?
いつかあなたが笑える日が来るといい、そう思いながら。
・・・なのに。
僕は三日前の発表を思い出す。
そして、空を見上げた。
空全体を埋め尽くす様にも見える、大きな大きな星。
今夜、これが僕たちにぶつかるんだ。
その前に、どうしてもここに帰りたかった。
最後に、あの人が笑えているかどうかを確かめたかった。
そして出来るなら。
あなたを笑わせることが出来なかった僕を、罰して欲しい。
或いは、僕が僕を罰することを許して欲しい。
縋るような目で、あの人の家を見つめた。
だけど、どこにもあの人の姿はなかった。
その時、別の方向から扉が開く音がした。
隣の。僕の家。
「ケヴィン・・・?」
兄さんだ。
「お前、どうしてここに・・・ああ、そうか。みんな釈放されたんだっけ・・・」
呆けた顔でぽつりと呟く兄に、僕は尋ねた。
「アルヴィン兄さん。あの、あの人は・・・シエラさんは今、笑って過ごせていますか?」
兄さんは僕の質問に驚いた顔をして、少し考えた後にこう尋ね返した。
「・・・それを確かめたくて、ここに戻って来たのか?」
「はい。そして出来るならば、あの人を助けられなかった僕をどう罰したらいいのかを聞きたいのです。あの人が僕を殺したいのならそうして構いませんし、僕が自分でそうしてもいいのならそうしますし」
「・・・相変わらずお前は、シエラしか見えていないのだな・・・」
「シエラ? なぜあの人を呼び捨てに?」
「お前がシエラの両親を殺したから、彼女には身寄りの者がいなくなった。だから家に引き取り養女にしたんだ。今のシエラは私の義妹であり、お前の義姉だ」
「義姉・・・」
「そしてシエラは、昨年この家から嫁いだ。もうここにはいない・・・幸せに暮らしているよ」
「そう・・・ですか」
幸せに暮らしている。
じゃあ、今は笑えてるんだ。
僕はホッと安堵の息を吐いた。
「幸せになったのならいいんです。なら後にやるべきことは一つだけ」
「・・・何をする気だ?」
「罪を犯した自分自身に罰を」
「・・・死ぬ気か?」
「罪に対する当然の報いです。あの星のせいで、僕は罰を受け損なってしまいましたから」
「罰なら、お前はもう十分に受けただろう。8年も服役したんだ。しかも、私たち家族との面会を一切断って」
兄は苦しげに顔を歪めた。
「確かにお前は殺人という罪を犯した。だがお前はシエラを解放したんだ。あの子はお前のお陰で幸せになった。お前に感謝していたよ。そして申し訳ながっていた。投獄された後、お前は労働で稼いだ金をあの子に送り続けていたな」
「当然のことです」
「そうまでして愛したシエラは、今は他の男の妻になった」
「あの人が幸せならそれでいいのです」
「ケヴィン・・・どうしてお前は、お前は・・・」
アルヴィンは、手で顔を覆った。
ケヴィンは柔らかく笑う。
「あの人を愛しているのです。あの人が大切だったのです。あの人に笑って欲しかったのです・・・自分の手では、叶いませんでしたが」
「お前は・・・大馬鹿者だ」
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ふ、と苦笑がケヴィンの口から漏れた。
「それでは僕はここで」
「家に入らないのか。自殺は許さんぞ」
アルヴィンがケヴィンの手を掴む。
「・・・兄さん」
「罪滅ぼしがしたいと言うのなら、この兄との酒に付き合ってくれ。今夜には全てが星に呑み尽くされる。せめて最後くらいお前とゆっくり話したいのだ」
アルヴィンのもう片方の手が、ケヴィンの肩を抱く。
「お前のために何も出来なかった不甲斐ない兄だが、星が落ちてくるその瞬間まで、せめてお前と共にいさせてくれ」
アルヴィンは哀れな弟を、幼い恋心を残酷に散らした目の前の青年を思い、言葉を継いだ。
「どうか最後の時だけは、お前と一緒に」
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