【完結】 三日後、世界は滅びます

冬馬亮

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レクトン男爵家の話

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「・・・父さん。お聞きになりましたか? 先ほどの陛下の発表」


昼間から酒を呷るロナルド・レクトン男爵の背中を見つめながら、クロードは口を開いた。


「ああん? そんなの勿論・・・ん? 発表だと?」

「ええ」

「どんな発表だ?」


やはりクロードの見立て通り、アルコール中毒のロナルドは発表を聞きにもいかなかったらしい。

だから、こんな呑気に朝から飲んだくれていられるのだろう。


こんな奴に母さんは壊された。


クロードはぐっと握りしめた拳を背中に隠し、努めて平静な声を出した。


「星がこの大陸に落ちてくるそうですよ。三日後にこの世界は全て消えて失くなるのだとか」

「はあ?」


ロナウドは赤ら顔を更に赤くし、酒瓶を乱暴にテーブルに置いた。


「ふざけた冗談を言うのも大概にしろ! 世界が消えて失くなるなんて、そんな事ある訳がない!」


クロードは肩を竦める。


「僕が言ったんじゃありません。陛下のお言葉です。そんなに信じられないのだったら、陛下がお話になるのをちゃんとお聞きになれば良かったのではないですか」

「・・・うるさいっ! 父親に向かって生意気な・・・っ!」


怒鳴り声と共にボトルが飛んでくる。

横に一歩ずれてそれを躱しながら、クロードは父親を冷めた目で見た。

ロナルドはぎりぎりと歯噛みし、苦々しげに言葉を吐いた。


「全く、あれの育て方が悪いからこんな性悪なガキに育ったんだ」


クロードの目が、スッと細まる。


また始まった。

僕の性格が悪い。
僕の成績が悪い。
目つきが気に入らない。
返事が遅い。

何をしても文句をつけ、事あるごとに母さんを殴りつけた。


あんたのせいで、母さんはいつも痣だらけだった。

父さん、あんたは知らなかったのか?

人は自動回復機能付きのサンドバッグじゃない。

心のある繊細な生きものなんだ。

その中でも、妻と呼ばれる人は夫から愛され、慈しまれ、大切にされるべき存在だった筈。

それをあんな風に壊すなんて。


クロードはきつく唇を噛んだ。


あの時、僕はまだ幼くて何の力もなかった。

9歳。
そう。たった9歳で、愚かなほど無力な子どもだった。


荒ぶる父を止めようと足にしがみついても、無様に引き剥がされ、壁に叩きつけられてそれで終わり。


でも今は違う。

来月でもう13だ。

あの時より知恵も力もついた。


今度こそ助けられる。

母さんの時のように壊させはしない。


背中に回したままの手には、大事な道具が握り締められている。

慎重に。
父に気づかれないように、そっと距離を詰めないと。


「使用人に言って、酒を用意させろ。あと何かつまめるものを」


いつまでもこの家の王さま気分が抜けないでいるこの男に、現実を分からせなければ。


「・・・もうすぐ世界が終わるという事で使用人たちも家に帰りました・・・今さら仕事をする必要も金を稼ぐ必要もないと言って」

「・・・あ?」

「だからこの家にはもう誰もおりません。父さん、義母さん、そして僕の三人だけです」

「・・・じゃあ、あいつを呼んでこい。サリナを」

「義母さんは足を怪我して動けません。忘れたんですか? 父さん、貴方が階段から突き落としたんですよ」


父の舌打ちする音が、やけに大きく聞こえた。


「足の怪我くらい何だ。歩けない訳じゃない。いいからさっさとあの女に・・・っ!」

「・・・もう喋らないで下さい。不愉快なので」

「ぐ・・・っ、つぅ、ク、クロード、お前・・・」


手に持っていた短剣が父の腹に深く突き刺さる。


「お前、実の・・・父親に、なんて・・・ことを・・・」

「自分の妻を殴り殺した男に言われたくありませんね」


刺した部分から、じわりと血が滲んだ。


「母さんは優しい人だった。それをあんたは毎日のように殴って、甚振って、とうとう殺してしまった。そして次はサリナ義母さんだ。今度こそ大事にするかと期待した僕が馬鹿だったよ」

「クロ、クロード・・・」

「サリナ義母さんと再婚してまだ半年。なのに義母さんはもう体中、傷だらけだ。一昨日は、僕が学校に行っている間に階段から突き落とされた」

「クロード・・・たす、助け・・・」

「ねえ父さん」


脂汗を流し、必死の形相でクロードを見つめるロナルドに、クロードは冷ややかな視線を浴びせた。


「あと三日もすればこの世界は終わるけど・・・あんたはそこまで生かしておく価値もない人間だ。最後くらい、サリナ義母さんが笑顔で暮らせるようにしてあげたいからね」

「・・・そ、んな・・・」

「母さんの時は間に合わなかった。でも今回は違う。僕はサリナ義母さんを守ってみせるよ。あと・・・たった三日だけだけど、僕たちはその短い期間を笑って過ごすんだ」

「クロー・・・」

「さよなら、父さん」


クロードは笑った。

無邪気で、明るくて、何の憂いもない瞳で。

ロナルドが膝をつき、倒れる。


途切れる意識の最後の瞬間、ロナルドの目に映ったのは天使のような無垢なる微笑みだった。

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