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ヘレナ・マウンテン・ゴリラ
しおりを挟む夫人たちは、ユスターシュの後ろ姿がすっかり見えなくなるまで見送ると、ホッと胸を撫で下ろした。
「あ~、へーちゃんがユスくんを見て逃げ出した時は本当に焦ったわ~」
「わたくしもよ。でも、これで良かったのかもしれないわよ。結婚式の前にちゃんと話しておいた方がいいもの」
「でも、ちゃんとへーちゃんを見つけられるかしら」
「大丈夫よ、ユスくんですもの。それにへーちゃんって、逃げるのも隠れるのも下手そうじゃない?」
「「「・・・ソウネ・・・」」」
隠れようと頑張って、いともあっさりと見つかる未来が見え、夫人たちは緩む口元を押さえた。
「・・・でも」
義姉の一人、騎士団長夫人がぽつりと呟く、
「今回は大丈夫だったわよね。あの頃のわたくしよりずっと、ちゃんと出来ていたわよね?」
「そうだと思いたいわ。だって、わたくしたち、あの頃の事、ものすごく反省したもの・・・そうでしょ?」
「これが、あの時の罪滅ぼしになるとは思わないけれど・・・」
「大丈夫よ、きっと・・・ユスくんはちゃんとへーちゃんとお話しして、笑って明日の結婚式を迎えてくれるわ」
と、こんな風に夫人たちに遠くから応援しているとも知らず。
逃走したヘレナは、王城の庭園にある一本の木の上で頭を抱えていた。
「あああ、どうしよう。ユスさまに変な態度取っちゃったわ。なんかぐるぐるして、よく分かんなくなっちゃって、うぎゃーって走り出したくなっちゃって、そして気が付いたら木の上にいるなんて、もしや私はサル?」
いや、サルなんて可愛いものではない。
自分の体の大きさからしたらオランウータンとかチンパンジーとか、マウンテンゴリラとか・・・
ウッホ~ッ! と雄たけびを上げながら、ヘレナ・マウンテン・ゴリラが、胸をどんどこどんどこ打ち叩く。
「ああ、なんてこと。私はもう人間ですらなくなってしまったのね」
うちひしがれたヘレナ・マウンテン・ゴリラは、流氷に乗って海の上を漂い始めた。
凍てつく海の上にも関わらず、何故か両手にちゃっかりバナナを確保しているヘレナ・マウンテン・ゴリラ。
そして、やさぐれた様子でバナナの皮をむくと、もっしゃもっしゃと食べ始める。
「・・・って、駄目じゃない。そんな勢いで食べてたら、あっという間に食料がなくなっちゃうわ。ええと、マウンテンゴリラってお魚も食べられるのかしら」
もはや恥じらってユスターシュの前から逃げ出した事などきれいさっぱり忘れてしまったヘレナは、新たに湧いた疑問について考え始めた。そして結論に至る。
食べられるかどうかはともかく、必要に迫られたら何でも食べるはず!
そう、実家にいた時のヘレナたちがそうだったように。
と、いう訳で、ヘレナの頭の中では、モリを片手に漁に精を出すヘレナ・マウンテン・ゴリラが浮かんだところで―――
「―――見つけた、ヘレナ」
ヘレナを探して木の下に駆け寄ったユスターシュから声をかけられ。
「へ? ユスさま? うわっ!」
「え? ヘレナ? うわっ?!」
不用意に下を覗いたヘレナは枝から足を滑らせて。
―――どすん
そう、これはもはや物語の展開上のお約束。
ヘレナはユスーシュの胸に、それはもう見事なダイブを決めたのである。
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