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怪我の功名とは、まさに

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夜陰に紛れて誘拐されたヘレナ。

翌朝の午前までは消息が掴めず緊張状態を強いられたが、正午過ぎにロクタンが現れ、本人の自覚なしに重要情報を口にした事で状況は一変。

獣人国ライオネスからの助力もあり、午後のうちにヘレナの救出に成功する。


結婚式の僅か2日前に起きたこの誘拐事件は、王国史上、初めて見つかった裁定者の番が関わる故に、全て極秘のうちに処理された。


・・・ちなみに。

その後、王都外れの森付近で巨大ライオンが出没したという噂が流れ、一時期、子どもたちが棒きれ片手に森に向かうという謎のブームが起きたらしいが、王家は「へえ、そんな面白い噂が」と素知らぬ振りを決め込んだとかなんとか。



さて、ヘレナ誘拐を依頼したナリス、ジェンキンス夫妻の罪は、そんな事情もあって公にされる事はなかった。

そうして決まった刑罰は、国が運営する孤児院での生涯に渡る無償就労。

もちろん見えない所からの監視付きだが、使用人としての部屋はあるし食事もつく。
処刑すら覚悟していた2人は、この甘い裁定にとても驚いていた。


そんな裁定とは対照的に厳しい処断がなされたのが裏の組織だ。

彼らは依頼を受けてヘレナを誘拐したが、報酬金を受け取った後で『裁定者の番』を商品として売ろうと目論み、今度は依頼人を裏切った。


「依頼された仕事を請け負っただけ」ならば、実行犯のみの処断で済ませる道もあっただろう。

王族として貴族として、時に裏の人脈が必要となる事もある。
だからこれまで彼らの存在もある程度は許容していたのだ。だが。

ヘレナ誘拐の罪をナリス、ジェンキンス夫妻に被せたまま、『裁定者の番』を攫い、密かに国外に売ろうとしたのだ。

今回、彼らは明らかにやり過ぎた。完全に王家の怒りを買ったのだ。


結果、ヘレナ誘拐を請け負った裏組織は丸ごと潰される事になった。

既に組織の手の者が5名、捕縛されている。
ユスターシュの力をもってすれば、芋づる式に組織関係者を見つけ出すのは造作もないことだ。

組織解体はあっという間で、こうして国内にある裏組織は3つから2つに減った。


だがこれで残った組織も、今後、王家の意に本気で逆らう様な真似はしないだろう。



さて、話は王城に帰還した時のヘレナたちに戻る。

秘密裏に救出されたとはいえ、知る人ぞ知る尋ね人となっていたヘレナ・レウエル。

後生大事にユスターシュに抱えられて帰城した時、盛大に出迎えられたのは言うまでもない。
もちろん、部屋でである。決して城門ではない。だって極秘だから。


「へーちゃあんっ! 良かったわ、無事で!」

「もう心配したのよ~っ!」

「お腹空いたでしょう? 今日の夜ご飯はへーちゃんの大好きなハンバーグにして貰いましょうね~」


ヘレナは王妃、宰相夫人、騎士団長夫人、魔法騎士団長夫人ら、麗しいご夫人方にぎゅむぎゅむに抱きしめられていた。

国王、宰相、騎士団長らなど、男性陣ももちろん心配で駆けつけているのだが、如何せん、テンションで女性たちに負けている。

彼らは夫人たちの壁に阻まれて近寄る事も出来ず、遠くから成り行きをオロオロしながら見守っていた。


使用人たちでこの事件を知るのは侍従長と侍女長、そしてヘレナ付きの侍女2人の計4人のみ。

事件を知らされていない塩もみ部隊・・・ゲフンゲフン、エステ部隊の侍女たちには、ヘレナは睡眠不足だとかお腹を壊したとか、伝える人によってコロコロ変わる、信ぴょう性が今イチな言い訳を伝えてある。
まあ、彼女たちは賢いので何か探ろうなどとせず、すぐに信じた振りをしてくれたけれど。


取り敢えず、ヘレナは汗と埃で汚れてしまった服を着替え、お風呂に入ってさっぱりして。
湯浴みが終われば、用意されていた簡単につまめる軽食と飲み物をパクついた。

ここでエステ部隊からしたら、夕食前か就寝前にせめて一時間でもマッサージコースに突入したいところである。
だが、ヘレナはナリス、ジェンキンス夫妻の取り調べの同席を望んでいたので、これを断った。


結果、エステ部隊の侍女たちはギリギリとハンカチを噛み締めながら、「明日は一日中お手入れさせて頂きますからね~っ!」と捨て台詞(?)を吐いて退室する。

まあ、エステ部隊の文句は置いておくとして。

ヘレナが取り調べに同席する事を心配する声は、当然の如く多数あったのだ。
意外かもしれないが、女性たちより、むしろ男性側の方から。


けれど、それらを押し切った甲斐もあると言えよう。

なんといっても、臨んだ取り調べの場の後には、こんな事があったのだから。



「・・・ヘレナは私のことを、ちゃんと好きって思ってくれてるって、こと、だよね・・・?」


もじもじと、真っ赤になって廊下で立ち尽くす、2日後には結婚する2人。

そう、ここで思いがけず愛の告白なる場面が生まれたのだ。

まさかこんな事になろうとは、その時は誰も思っていなかったのに。


これぞまさに、そうまさに、である。










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