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もごもご、もご

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「捨てるなら、僕の屋敷の前に捨てればいいだろ! そしたらすぐに拾えたのに! 自慢じゃないけどな、僕は10歳の時からあいつのお婿さんに決まってるんだからな!」


ロクタン・ラムダロス。伯爵令息、25歳。

肩書きだけは立派な彼がやたらと張り上げた声は、廊下を曲がる前から聞こえるくらい大きかった。

ユスターシュの執務室の前に立っていた護衛たちは、何とかロクタンを落ち着かせようと声をかけるが、元々が耳からの情報をほぼ完スルーするロクタンだ。効果はもちろんない。


ヘレナの誘拐は公にしていない。情報は必要最低限の関係者にのみ留め、捜索も秘密裏に行っている。

だから廊下のど真ん中で大声で騒がれるのは迷惑と言えば迷惑なのだが、そもそもロクタンの言っている事がズレているので、廊下を行きかう人たちがその内容の核心を掴む事はない。ただ「なにこの変な人」という顔をして通り過ぎて行くだけだ。


だが、ハインリヒはその台詞が言わんとしている事が分かったのだろう。
だからユスターシュに知らせに走った。


そして、ユスターシュもロクタンの所に走ったのだ。


「ロクタン!」

「うえっ?」


ユスターシュは声をかけるなり、ロクタンの襟首を掴んで部屋の中へと飛び込んだ。そしてそのまま後ろ手で扉を閉め、鍵もかける。


「お前、テストか」


念のために解説しておこう。ロクタンはユスターシュが変装した姿であるジュストと先に会っている。以降、ジュストの姿であろうと、素顔をさらしていようと、彼をジュストとして認識しているのだ。何故か名前はいつも間違っているのだが。

つまりロクタンの中では、彼はまだユスターシュに会っていない事になっている。


「悪いがチェスト、今日はお前とお茶を飲んでる暇はないんだ。僕はサイテーシュに文句を言いに来たんだからな」

「いいから黙って」

「むぐ」


ユスターシュはロクタンの口を塞ぎ、意識を集中させた。

短い期間だが、ロクタンの扱いについてはかなり慣れてきている。
彼の場合、話を聞くより頭の中の映像を見た方が早いし正確だ。


「もご、もご」

「静かにして、ロクタン。君はヘレナを見たんだな?」

「もご」

「・・・馬車同士ですれ違ったのか」

「もご」

「なるほど。一瞬、窓の向こうにヘレナの顔が見えて・・・」

「もご」

「ちょっと待って。すれ違う前に少し巻き戻して」

「もご」

「御者台に男一人。左右前後に馬に乗った男が一人ずつ。馬車の中は、ヘレナの他に人はいた?」

「もご」

「・・・年配の女性・・・? 知らない顔だな、誰だ・・・?」

「もご、もごもご、もごぉっ!」

「あ、息が出来ない? ごめん」


酸欠でぷるぷると体を震わせ始めたロクタンに呼吸をさせる為、ユスターシュは口元を覆っていた手を外す。
するとロクタンは「ぷはぁっ!」と大きく口を開け、すーはーと深呼吸した。


「こ、この僕になんて事を・・・チュロスは男だろうっ? いくら熱烈に迫られても、僕はお前と結婚するつもりはないぞ」

「・・・はい?」


ロクタンの頭の中に、バラを口にくわえてロクタンに壁ドンするユスターシュがボボンッと浮かぶ。「なっ」と動揺するユスターシュに、ロクタンは言い放った。


「まあ、僕は格好いいからな。男でも女でも、皆、僕に夢中になるのは仕方ないけど」


ふふん、と自慢げに鼻を鳴らすロクタンに、ひと言もの申してやりたくなったユスターシュだが、そんな事より遥かに重要な案件を解決する方が先だ。


ロクタンから読み取った情報によれば、ヘレナを乗せた馬車は王都の中心から南南東に向かって走っている。しかも周囲をぐるりと如何にもヤバそうな男たちに囲まれて。


方角が限定されたのなら、あるいは・・・


ユスターシュはぐっと手を握る。


ユスターシュの力は、広範囲に使うほど、あるいは長時間使うほど、体力および精神力が削られていく。

そして、それには使う対象の数も大いに関係する。


広範囲でも対象が一人なら、まだそれほどの負担ではないのだ。例えば、そう、前にヘレナが言っていたみたいに、海の上でただ一人、ヘレナがイカダに乗って漂流している所を見つけるとか。

だが今回は、ユスターシュの結婚式のために王都には普段より遥かに多く人が押し寄せている。
こんな中で王都内全体に力を発動しようとするなら、何千人という人の思考に押しつぶされ、ユスターシュは三分と保たずに倒れるだろう。


そんな中、ロクタンの驚異的な目のお陰で、ヘレナが連れ去られた方角の目途が付いたのは朗報だ。


出来ることならもう少しでいい、更なる情報が欲しい、それが本音だけれど。


兎にも角にも、まずはロクタンが目撃した場所まで向かわねば。


そう思ったユスターシュが、どの騎士を連れていくか考えを巡らせ始めた時。


ドンドンドン、とユスターシュたちがこもっている執務室の扉が叩かれた。


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