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絶対
しおりを挟む「・・・だからって、何で私の仕事部屋でぶら下げますかね?」
館長室の天井から、紐で縛ったジャスミンがぶら下がっている。
見る人によって印象はそれぞれなのだろうが、ハインリヒにとっては、花が宙づりにされている様で何となく可哀想な気がしてしまうらしい。
ユスターシュからすると、花が浮いているみたいで面白いのだが、彼はどうにも気になるらしく、先ほどからずっとぶちぶちと文句を言っている。
「仕方ないだろう。屋敷に持って帰ってやるとプレゼントする前にヘレナに見つかってしまうかもしれない。
せっかく驚かそうと思ってるのに台無しになるじゃないか」
「でも、何か上でプラプラされると気が散るんですよ。ちょっと萎れたくらいでも気にしないで渡しても良かったのではないですか?
ヘレナならきっと気にしませんよ」
「・・・それは、何となく嫌なんだ」
だって、初めての花束だったのだ。
女性にとって記念日は大事だと小説に書いてあった。4冊目のヒロインの親友は、それが理由で婚約者と仲が険悪になっている。
初めての花束も、れっきとした記念になる筈。
それが、うっかり馬車内に一晩置き忘れて萎れてたなんて、ダメダメではないか。
という訳で、花束は今日の帰りに別のものを用意する事にして、これはドライフラワーにするつもりだ。つもりと言うか、もう絶対にそうする、いや、しなくてはいけない。
男には見せ場と言うものがあるらしい、それも小説に書いてあった。確か3番目の本だ。
普段に多少間違えたとしても、肝心な時に外してはいけない。外したらバスチアンではなくトムタムになってしまう。(バスチアンは三番目の小説の主人公の名前である)
ユスターシュとしては、旅の途中で死んでしまうトムタムではなく、最終章でヒロインと神殿で結婚式を挙げるバスチアンの様になりたいのだ。
だから、絶対にここでドライフラワーを作る。そしてドライフラワーにしたジャスミンをヘレナに・・・
そんな事を考えていたユスターシュの耳に、ハインリヒのこんな言葉が届く。
「だいたい、干した花なんて貰って嬉しいものですかね? 干からびてるんですよ? カラカラのパサパサ、色だって鮮やかさなどなくなりますし」
「!」
ハインリヒの衝撃発言に、ドライフラワーの知識がないユスターシュは息を呑む。
確かに、今のまだ生花の状態のジャスミンは、花は真っ白で可愛らしいし、いい香りもする。けれど、これが乾燥したらどうなるのだろうか。
ハインリヒが言うところの、カラカラのパサパサの干からびた花を渡されて、果たしてヘレナは ーーー
「・・・」
うん、喜ぶな。
結論は即効で出た。
ヘレナが笑って受け取る場面しか思い浮かばない。
うんうん、とユスターシュはひとり頷いた。
もうハインリヒの愚痴など耳に入る事はない。
窓から入ってくる風が、天井から吊るされたジャスミンの花束をぷらぷらと揺らす。
マノアの話が正しければ、10日か2週間程でドライフラワーが完成するそうだ。
・・・よし、完璧だ。
満足げに呟いたユスターシュは気づかない。
カラカラのパサパサの干からびた花束を喜ぶのなら、一晩馬車の中に置いといて少し萎れた花束でも、ヘレナは気にせず喜んで受け取ったであろう事に。
でも、好きな人の前で格好をつけたいという気持ちも大事だから。
今日ユスターシュは、初めて用意した花束の振りをしてヘレナに黄色いダリアを渡す。
絶対に、絶対に。
エントランスで出迎えるヘレナが何を想像していたとしても、今日は花束を馬車の中に置き忘れたりしないと固く決意して。
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