上 下
39 / 110

ロクタン除け

しおりを挟む

「へええ、ここが姉ちゃんのコンヤクシャの家かぁ。思ってたほど大きくないな」


ヘレナの上の弟の無遠慮な発言に、背後からぺしりと音がした。


兄弟の中で一番落ち着きのある下の弟が、すかさず兄の後頭部を叩いたのだ。


すみませんと謝る父の見慣れた姿、けれど今となっては懐かしいそれに、ヘレナの口元は綻んだ。


「もう、アストロったら相変わらずデリカシーがないわねぇ」

「なんだよ。そういう姉ちゃんだって、どうせ相変わらず地味なカッコ・・・あれ、してない・・・?」

「うわ、姉ちゃんが可愛くなってる」

「あらあらまあまあ、ヘレナったらユスターシュさまに可愛がっていただいてるのね」


ひと月ぶりのレウエル家の家族との再会。
嬉しさのあまり、ちょっとばかり張り切っておめかししたヘレナが大好きな家族を出迎えると、そんな誉め言葉が降り注いだ。

いつもは生意気な口しかきかない上の弟は、綺麗なワンピース姿のヘレナを見て、ぽかんと口を開けたまま絶句した。



さて、本日はヘレナの生家の者たちがユスターシュの屋敷に招待されている。

父オーウェン、母レナリア、長男アストロ、次男カイオス。
この4人にヘレナが揃えば、久しぶりのレウエル子爵家の勢ぞろいである。

病弱なレナリアはユスターシュの派遣した医師のおかげで体調がだいぶ良くなったものの、本当のところはまだ万全と言い難い。
だが、今日はただの団欒ではなく特別な事情があっての屋敷への招待だ。そのため短時間の訪問という形で、レナリアもここに来てもらった。


きっかけはヘレナのこんな発言。


「そういえば、どうしてロクタンはお城には突撃してるのに、こっちには来ないんでしょうね」


飽きもせず、今も意味のない午後からのお城突撃訪問を繰り返すロクタンの話を聞いて、ヘレナがふと思った疑問だった。
そうなのだ。実はロクタンは、まだユスターシュの執務室にやって来ているのだ。

最初こそロクタンの対応に疲弊していたユスターシュだったが、どうやら彼もコツを掴んだらしく、最近は30分ほど一緒にお茶をして円満にお帰り頂いているらしい。

怪我の功名というか何というか、そのために流行りのお茶や人気のスイーツにも詳しくなったユスターシュだ。
おかげでヘレナもちょくちょくお土産でケーキなどを買ってもらえたりする。そのせいだろうか、最近少しぷくぷくしてきた気がするけれど。


さて、話がそれてしまったが、なぜロクタンがこの屋敷に突撃してこないかと言うと、その理由はこの屋敷の仕組みにあった。


「登録した人しかこの家を認識できない・・・・?」

「そう。あと登録した人が同伴した人物も、その時だけは識別できる様になってるよ。ヘレナがここに最初に私と一緒に来た時みたいにね」


平和な頭のヘレナには考えもつかないが、どうやら裁定者の命を狙う者や身柄を拘束しようと企む者などは一定数いるらしい。それを防ぐために昔から王家にのみ伝わる防衛システムなんだとか。

つまり、ロクタンはユスターシュの屋敷には来たくても来れない。
認識出来ない、要は見えないのだ。それで毎日、お城に来ては玉砕していたのだろう。


「一度登録したら、後はこちらから解除しない限りここに来ることができるよ・・・ああ、そうだ。あなたの家族も登録しておかないとね。緊急事態とかの際、いざ会おうとして会えなかったりしたら困るでしょ」


そういう訳で、ある週末の爽やかな青空の下、オーウェンたちはやって来た。
ちなみに、来るときは屋敷の執事が迎えに行った。執事はもちろん登録済みだが、馬車そのものも登録してあるため、それに乗って屋敷の門をくぐるという裏ルート(どこがだ)もアリらしい。

いつもなら家で休みながら家族の帰りを待つレナリアも今日ここに来たのは、その為だった。


「手続きは簡単だよ。ここに手をかざしてくれれば良いんだ」


門のすぐ横と、屋敷の入り口のすぐ隣、その二か所に認証システムが組み込まれた小さな石柱が立っている。

一か所だけ淡く光る灰色の石がはめ込まれていて、そこに登録したい人物が手をかざす。
それを後で屋敷の主であるユスターシュが正式に認証したら、登録完了だ。


「良いなぁ、カッコ良いなぁ。登録した人しかこの家を見つけられないとか、どんだけだよ」


どうやら子どもには堪らなく格好よく映るらしいこのシステム。

アストロとカイオスは、目をキラキラさせながら石柱を見つめていた。

しかし、意外にもここにもう一人。
子どもでもないのに、キラキラした・・・いやよく見ると全然キラキラしていない。
死んだ魚の様な光の消えた目で石柱を見ている人物がいた。


「羨ましい・・・家にも、こんな認証システム欲しい・・・っ」

「お父さま・・・」


言っている事はアストロたちとほぼ同じ。
だが、切実さがひしひしと伝わって来るのは何故なのか。


「家にもこれがあれば・・・これがあれば・・・ロクタン除けになるのにぃぃぃ・・・っ!」

「・・・」


ヘレナは、傍に立つ下の弟カイオスにこう尋ねた。


「もしかして・・・ロクタンって家にも押しかけて来てるの?」

「うん、夕方近くに毎日」


しおりを挟む
感想 149

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈 
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈 
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈 
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...