25 / 110
例のロクタン
しおりを挟む
「とうとう私は妖精王にまでなってしまったか」
王城へと向かう馬車の中、流れる景色に目を遣りながら、ユスターシュは誰とはなしに呟いた。
その口元は嬉しそうに弧を描いている。
亡国の王子さまになったり、ヘレナの代わりに花嫁衣装を着せられたり、マタタビに飛びつく猫もどきになってみたり。
ヘレナの頭の中では、ユスターシュは変幻自在の七変化だ。
「・・・ああ、でもあれはちょっと、なんであんな事になったのか聞きたかったな」
ユスターシュが思い浮かべたのは、昨夜帰った時にヘレナの頭に浮かんでいた映像。そして今朝、出発時に再び浮かび上がったものだ。
「まさか、本当にあんな感じで仕事してるとか思われてないよね・・・」
そんな不安を覚えてしまうような想像とは、もちろん例の高笑いである。
椅子の上に立ち、机の端に片足を乗せ、「わーっはっはっ!」と高笑いをしながら、処理済みの書類を吹雪のように撒き散らす。
そしてなぜか「もっと私に仕事を寄越せぇ!」などと叫んでいるのだ。
あれはあれだろうか。仕事ばっかりしてて寂しい、悔しいとかいう気持ちの裏返しなのだろうか。それとも本当に仕事好きで家にも帰って来ない男だと思われたのだろうか。
前者だったら嬉しいが、後者だったら全くの冤罪だ。
だって、昨日は仕方なかったのだ。本当はもっと早く帰れたのに、ユスターシュとしては帰りたかったのに、とある事情で帰れなくなってしまった。
「・・・はぁ」
ユスターシュは溜息を吐く。
きっと、今日もアレが来るだろう。
まあ、ヘレナ情報によるとアレは早起きが出来なくて午前中いっぱいは寝てるみたいだから、今日もまた来るとしても、やっぱり午後からになるんだろうけど。
「確かにアレは強烈だ・・・と言うか、思考回路が意味不明すぎてよく分からない」
心の声が聞こえて、それで尚且つ意味不明と言うのはなかなかに珍種だと思う。
図書館でジュストとして働いていた時に、少しは分かっていたつもりだったのだ。
なにせヘレナの心の中は、アレに対する不安や落胆、それから文句とかでいっぱいだったから。
何度も何度も聞いたし、映像を見てもいた。
「けどやっぱり、自分で体験してみるとさらにその凄さが増すと言うか」
王城に近づくにつれ、ユスターシュはちょっぴり憂鬱になる。はっきり言って面倒なのだ。アレと対峙するのが。
「・・・あんなに大らかなヘレナが嫌がる相手だから、まあよっぽどだとは分かっていたけど」
3日。
3日で良いから屋敷から出ないでとお願いした。
けどきっと、アレは3日やそこらじゃ諦めないだろう。
「でも、アレ対策に頼んだやつ。急がせてるけど3日じゃ無理かな」
少なくとも、ヘレナが平穏に安全にお出かけ出来るようにしてあげないと。
望んで、望んで、欲しくて堪らなくて。
けれど自分なんかが手を伸ばしてはいけないと堪えて。
それでもやっと思い切って、嘘まで吐いて手に入れた子。
・・・今さら手放すものか。
ガタン、という音と共に、ユスターシュの乗った馬車が馬車停まりに止まる。
御者が扉を開け、ユスターシュが降りると、空を見上げて息を一つ吐く。
気を引き締めないとね。
きっとまた、午後からは仕事にならない。
午前のうちに全部片付けて。
そしたら午後はアレと対決だ。
アレ。
それは、『王命』も『裁定者』も、そんな最大権力ワードなど何のそのの相手。
そう、例のロクタンである。
王城へと向かう馬車の中、流れる景色に目を遣りながら、ユスターシュは誰とはなしに呟いた。
その口元は嬉しそうに弧を描いている。
亡国の王子さまになったり、ヘレナの代わりに花嫁衣装を着せられたり、マタタビに飛びつく猫もどきになってみたり。
ヘレナの頭の中では、ユスターシュは変幻自在の七変化だ。
「・・・ああ、でもあれはちょっと、なんであんな事になったのか聞きたかったな」
ユスターシュが思い浮かべたのは、昨夜帰った時にヘレナの頭に浮かんでいた映像。そして今朝、出発時に再び浮かび上がったものだ。
「まさか、本当にあんな感じで仕事してるとか思われてないよね・・・」
そんな不安を覚えてしまうような想像とは、もちろん例の高笑いである。
椅子の上に立ち、机の端に片足を乗せ、「わーっはっはっ!」と高笑いをしながら、処理済みの書類を吹雪のように撒き散らす。
そしてなぜか「もっと私に仕事を寄越せぇ!」などと叫んでいるのだ。
あれはあれだろうか。仕事ばっかりしてて寂しい、悔しいとかいう気持ちの裏返しなのだろうか。それとも本当に仕事好きで家にも帰って来ない男だと思われたのだろうか。
前者だったら嬉しいが、後者だったら全くの冤罪だ。
だって、昨日は仕方なかったのだ。本当はもっと早く帰れたのに、ユスターシュとしては帰りたかったのに、とある事情で帰れなくなってしまった。
「・・・はぁ」
ユスターシュは溜息を吐く。
きっと、今日もアレが来るだろう。
まあ、ヘレナ情報によるとアレは早起きが出来なくて午前中いっぱいは寝てるみたいだから、今日もまた来るとしても、やっぱり午後からになるんだろうけど。
「確かにアレは強烈だ・・・と言うか、思考回路が意味不明すぎてよく分からない」
心の声が聞こえて、それで尚且つ意味不明と言うのはなかなかに珍種だと思う。
図書館でジュストとして働いていた時に、少しは分かっていたつもりだったのだ。
なにせヘレナの心の中は、アレに対する不安や落胆、それから文句とかでいっぱいだったから。
何度も何度も聞いたし、映像を見てもいた。
「けどやっぱり、自分で体験してみるとさらにその凄さが増すと言うか」
王城に近づくにつれ、ユスターシュはちょっぴり憂鬱になる。はっきり言って面倒なのだ。アレと対峙するのが。
「・・・あんなに大らかなヘレナが嫌がる相手だから、まあよっぽどだとは分かっていたけど」
3日。
3日で良いから屋敷から出ないでとお願いした。
けどきっと、アレは3日やそこらじゃ諦めないだろう。
「でも、アレ対策に頼んだやつ。急がせてるけど3日じゃ無理かな」
少なくとも、ヘレナが平穏に安全にお出かけ出来るようにしてあげないと。
望んで、望んで、欲しくて堪らなくて。
けれど自分なんかが手を伸ばしてはいけないと堪えて。
それでもやっと思い切って、嘘まで吐いて手に入れた子。
・・・今さら手放すものか。
ガタン、という音と共に、ユスターシュの乗った馬車が馬車停まりに止まる。
御者が扉を開け、ユスターシュが降りると、空を見上げて息を一つ吐く。
気を引き締めないとね。
きっとまた、午後からは仕事にならない。
午前のうちに全部片付けて。
そしたら午後はアレと対決だ。
アレ。
それは、『王命』も『裁定者』も、そんな最大権力ワードなど何のそのの相手。
そう、例のロクタンである。
67
お気に入りに追加
1,564
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
旦那様は離縁をお望みでしょうか
村上かおり
恋愛
ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。
けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。
バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
別に要りませんけど?
ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」
そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。
「……別に要りませんけど?」
※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。
※なろうでも掲載中
王命を忘れた恋
水夏(すいか)
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる