【完結】あなたが私を『番』にでっち上げた理由

冬馬亮

文字の大きさ
3 / 110

私がつがい、ですか?

しおりを挟む

「・・・つがい? 私が、ですか?」


国王陛下の前だと言うのに、ヘレナはぽかんと口を開けたまま、数秒固まった。


突然に登城を命じられ、慌てて駆けつけたヘレナの父、オーウェン・レウエル子爵もまた、頭を上げかけた微妙な角度で動きが止まっている。


番。

それは獣人にとっての運命の相手、生涯の伴侶を指す言葉だ。
その存在は絶対とされ、もし番が現れた場合、たとえ当人同士に既に別の配偶者がいたとしても番が優先されるとかなんとか。


・・・と、書いてあったような。


ヘレナは、書物から得た知識を頭の中で反芻する。

そう。

反芻はした、確かにしてみたのだが。


獣人でもないのに、なぜ番などという話が出てきたのかが分からないのだ。


裁定者であるユスターシュも獣人ではない筈。何故なら、裁定者なる存在は代々王家から誕生する。王家に獣人の血が入っているなど聞いたことがない。

かと言って、国王陛下の言葉に異を唱える訳にもいかない。傍に立つ宰相もにこやかに頷いているので同様だ。


ヘレナの番だとされるユスターシュは、父オーウェンを挟んだ同じ並びに立っていた。その為どんな顔でここに居るのか窺うことも出来ない。


こんな平凡な容姿の娘が番だと言われて心の中で大泣きしていたらどうしようと、ヘレナはふと心配になった。

容姿が平凡なのは自覚しているが、だとしても自覚しているのと自覚させられるのとでは雲泥の差がある。
がっかりされたら地味にショックなのだ。


ーーー ああ、なんてことだ! 私の番がこんなふかしたまんじゅうのような令嬢だったとは!


ヘレナの容姿に絶望して膝からくず折れるユスターシュの姿が容易に想像できてしまう。妙にリアルな絵に、ヘレナは勝手に自爆しかけた。



「・・・どうやら、これまでの裁定者に配偶者がいなかったのは、番と出会えなかったことが原因と考えてな」


そんなヘレナの心中など知る由もない国王は、ヘレナたちに淡々と言葉を続ける。


ヘレナにとっては、自分に番がいるという事自体が疑問なのだが、そこはどうしても説明してくれないらしい。仕方ないから、悲しい想像を切り上げ、耳を傾ける事にした。


「今代の裁定者であるユスターシュの番がこうして見つかったのは実に僥倖、これは歴史的な婚姻となるだろう。早々に周知し、結婚式を挙げる手筈を整えよ」

「け、けっこ」


ヘレナは目を見開いただけだったが、オーウェンがぽろりとひと言こぼし、慌てて手を口に当てた。
貧乏子爵家の令嬢が、なんと王族との結婚である。


「どうした。何か問題が?」


オーウェンは口に手を当てたまま、首を横に振る。

無理やり同意した訳ではない、問題はないのだ。むしろ、何もなかった時の方が問題だった。

だって、もし何事もなければヘレナは半年後には嫁ぐことが決まりかけていたのだ、心の底から苦手な男のもとに。


いや、今代の裁定者なるユスターシュがどんな人物なのかヘレナはまだ知らない。相性以前に、そもそも身分違いも甚だしいと、そう思うのだけれど。


・・・ロクタンみたいに頓珍漢な性格はしてないと思うわ。だって裁定者でいらっしゃるんだもの。きっと話は通じる筈。


ヘレナはぎゅっと両手を握った。


だとしたら、時間をかければいつかは分かり合える。身分や価値観の違いも、育ちの差も、話し合いを重ねればどこかで折り合う事だってきっと出来る。たとえ時間がかかっても。

言葉が通じるなら大丈夫、何とかなる。

楽天的すぎるかもしれないとは思いつつ、けれどそれでも安堵が勝った。


ロクタンとのことは、図書館の皆にも言わなければと思いながらもなかなか報告出来ずにいた気の進まない縁談だった。ヘレナにとっては人生の終わりにすら思えたもの。

それを避けられるという事実がまず、ヘレナにとっては大きかった。本当に、本当に、ヘレナはロクタンが苦手なのだ。いや、彼は極悪人では決してないのだけれど。とにかくヘレナとは相性が悪い。


・・・ああでも、私が裁定者の番だなんて。


そんなことあり得るのだろうか。


番の実感はまだ湧かない。けれど、もし本当なら、きっと結婚しても嫌な気持ちにはならないだろうとそう思う。


なにせ番とは、運命の相手なのだから。


実はまだ、肝心の番の顔を見てもいないヘレナだが、そんな淡い期待を胸に抱いた。




しおりを挟む
感想 149

あなたにおすすめの小説

『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。 どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。 しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、 「女は馬鹿なくらいがいい」 という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。 出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない―― そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、 さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。 王太子は無能さを露呈し、 第二王子は野心のために手段を選ばない。 そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。 ならば―― 関わらないために、関わるしかない。 アヴェンタドールは王国を救うため、 政治の最前線に立つことを選ぶ。 だがそれは、権力を欲したからではない。 国を“賢く”して、 自分がいなくても回るようにするため。 有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、 ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、 静かな勝利だった。 ---

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います

りまり
恋愛
 私の名前はアリスと言います。  伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。  母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。  その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。  でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。  毎日見る夢に出てくる方だったのです。

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

さようなら、私の愛したあなた。

希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。 ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。 「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」 ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。 ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。 「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」 凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。 なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。 「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」 こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。

処理中です...