4 / 58
茶番
しおりを挟む―――毒・・・さっき言っていた毒って、きっと冗談よね?
そうよ、きっとわたくしに気を遣って大袈裟に怒ってくれているんだわ。
実際、ヨルンの怒りを目の当たりにして、何となく冷静になれてきたように思う。
さっきまであんなに悲しくて苦しくて、いっそ・・・なんて不穏な考えまで浮かんでいたのに。
そんな風に気を落ち着けていたラエラの前で、ヨルンは「あ、そうだ」と胸ポケットへと手をやった。
そして、そこからオレンジ色の液体が入った小瓶を取り出すと、テーブルの上、それもラエラの真ん前に置いて言った。
「これをどうぞ」
「え・・・?」
―――なにかしら、これ? 毒? まさか毒かしら? え? ヨルンさまは毒なんて持ち歩いているの?
「・・・え、ええと、ヨルンさま? この小瓶は・・・」
「よかったら、お守り代わりに持っていてください」
「お守り代わり・・・」
―――毒を?
「ちょ、ちょっと待ってください。どうしてこんな・・・」
「ああラエラ、ここにいたのか」
開け放していた扉の向こうから声がした。今一番会いたくない人だ。
「アッシュ・・・」
「どこに行ったのかと思ってたら、ヨルンと一緒だったんだな」
庭園や屋敷内を探し回ったのだろうか、アッシュは少し息を切らせていた。
「さっき、大事な話の途中で席を立っただろう? しばらく待ってたけど、全然戻って来ないから探してたんだ」
我が儘な子どもを諭すかのように、アッシュは眉を下げ、優しい口調で言う。
その様子に、ヨルンと話して落ち着いた筈の怒りと悲しみが蘇ってしまった。
「・・・話? 話ならもう聞きましたわ。アッシュがリンダさんと浮気したのでしょう? それで子どもができたから、わたくしとの婚約を止めたいのですよね。それ以外に、まだわたくしに話す事があるのですか?」
「あ、いや、そのほら・・・」
アッシュは口ごもり、目をうろ、と彷徨わせた。
「僕たちが勝手な事を言ってるのは、よく分かってるんだ。だから、ラエラにちゃんと怒られようと思って・・・そうしたらラエラも、スッキリするだろう?」
「・・・は?」
ラエラは呆然とした。この人は何を言っているのだろうか。
ラエラが何が答える前に、アッシュの横、テーブルの向こう側の席に座っていたヨルンが口を開いた。
「ラエラさまに怒られようと思った? なんですか、それ。自分の罪の意識を軽くしたいだけですよね? どこまでふざけるつもりですか」
「ち、違うよ、ヨルン。僕は本当にラエラに悪い事をしたと思ってるから、だから・・・」
「やめて、アッシュを責めないで!」
アッシュと一緒に来ていたのだろう、リンダが扉向こうから現れ、アッシュの背中に縋りついた。
「お願い、アッシュを怒らないであげて! あたしが悪いんです! 結ばれないと分かっていたのに、アッシュを好きになってしまったあたしが・・・っ」
「リンダ、ダメだろ。廊下で待ってなさいと言ったのに・・・」
「ううん。アッシュばかり責められるのは可哀想だもの。それにあたし、アッシュがラエラさんの大事な人だって分かってたのに・・・気持ちに、どうしても嘘が吐けなくて・・・っ、うう・・・っ」
リンダは、ぽろぽろと涙をこぼした。
そんなリンダをアッシュはしっかりと抱きしめる。
「リンダ、泣かないで。僕なら大丈夫だから。それに、僕はラエラを傷つけたんだ。ちゃんと怒られないといけない」
―――ああ、この人は簡単に楽になろうとしているのね。
目の前の二人が繰り広げる茶番を見ながら、ラエラは思った。
―――わたくしに怒鳴られ、詰られて、それで償いは終えた事にして、あとはリンダと二人で幸せに過ごすつもりなのね。
ヨルンから渡されたばかりの毒の小瓶は、まだ手の中にあった。ぐっ。それを持つ手に、思わず力がこもる。
―――今、お茶を用意するフリをして、これを二人に飲ませてしまおうかしら。
いえ、それは駄目ね。あちらが被害者になってしまう。
なら、わたくしが目の前で飲んでみせる? あなたたちのせいでこんなに不幸になったのだと、恨み言を吐きながら死んでみせる?
いいえ、それも駄目よ。大体そんな事をしたら、ヨルンさまに迷惑をかけてしまうわ。
それに、この人たちはきっとすぐに忘れる。
少し泣いて、ショックを受けたふりをして。
口先だけの反省を述べたら、それで終わり。その後は何事もなかったかのように暮らしていくに違いない。
そんな事では二人は傷つかない。そう、そんな事ではこの二人は壊れないの。ならどうする? どうしたら、わたくしは―――?
手元の小瓶に視線を落としたまま思考に耽るラエラを見たヨルンが、心配そうに眉根を寄せた。
それに気づいたラエラは、ヨルンに向かって安心させるように微笑んだ。
―――大丈夫、これはお守り。
あなたはそう言っていたわよね。だから、ただ大事に持っておくわ。
ラエラはふう、と息を大きく吐いて、きつく小瓶を握りしめていた手の力をゆっくりと緩めた。
そして、茶番に酔う二人に向かって口を開く。
「アッシュ」
―――ねえ、わたくし分かってしまったわ。あなたたち二人に、何が一番効果的か。
825
あなたにおすすめの小説
八年間の恋を捨てて結婚します
abang
恋愛
八年間愛した婚約者との婚約解消の書類を紛れ込ませた。
無関心な彼はサインしたことにも気づかなかった。
そして、アルベルトはずっと婚約者だった筈のルージュの婚約パーティーの記事で気付く。
彼女がアルベルトの元を去ったことをーー。
八年もの間ずっと自分だけを盲目的に愛していたはずのルージュ。
なのに彼女はもうすぐ別の男と婚約する。
正式な結婚の日取りまで記された記事にアルベルトは憤る。
「今度はそうやって気を引くつもりか!?」
殿下、幼馴染の令嬢を大事にしたい貴方の恋愛ごっこにはもう愛想が尽きました。
和泉鷹央
恋愛
雪国の祖国を冬の猛威から守るために、聖女カトリーナは病床にふせっていた。
女神様の結界を張り、国を温暖な気候にするためには何か犠牲がいる。
聖女の健康が、その犠牲となっていた。
そんな生活をして十年近く。
カトリーナの許嫁にして幼馴染の王太子ルディは婚約破棄をしたいと言い出した。
その理由はカトリーナを救うためだという。
だが本当はもう一人の幼馴染、フレンヌを王妃に迎えるために、彼らが仕組んだ計略だった――。
他の投稿サイトでも投稿しています。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません
鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。
「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」
そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。
——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。
「最近、おまえが気になるんだ」
「もっと夫婦としての時間を持たないか?」
今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。
愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。
わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。
政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ
“白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる