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水鏡編
エピローグ 5
しおりを挟む草むらに転がる俺の死体。
国王が下したバームガウラス公爵家への沙汰。
それから後は、まるで呪いをかけられたかのように、バームガウラス家を不幸が襲う。
父が自害し、母が病死し、その後にキンバリーが病に倒れ、ランスロットは十八になる前に独りになる。
ランスロットは爵位や屋敷を売って金をかき集め、どうやって情報を集めたのか、灰色のローブの男のもとへと辿り着き―――
『・・・母を、救いたい・・・』
テーブルの上にランスロットが積み上げた金が、ローブの男の手のひらの中に吸い込まれていく。
ローブの男の指先から、眩い光が溢れ出す。
あまりの眩しさに俺は目を瞑り、やがてそろりと開ければ、目の前の光景は、俺とラシェルの結婚式の最中へと変わっていた。
「・・・一度目の人生が、終わった」
水鏡を覗く俺が、呆然と呟く。
そして始まった二度目の人生が、この婚姻式からだったとは。
―――ああ。
俺はこの先を知っている。
この日の夜、俺はラシェルに、お前など愛さないと宣言するだろう。
そうして初夜もなさないままに、俺は部屋を出て、アリーが待つ家へと帰るだろう。
「・・・それでも、俺との出会いは必然だったとお前は言うのか。たとえそれが、ランスロットを生む為であっても」
俺は、誰に対するでもなく問う。
答えなど必要ない。既に、ラシェルから聞いて知っているから。
『ヘンドリックさまがいなければ、今の私はいないの。そして、今の私はとても幸せなのよ』
水鏡が、ゆらりと揺れる。
終わりの合図だ。
花嫁姿のラシェルが、幻想的にゆらゆら揺れる。
ここで俺は気がついた。
記憶にある艶やかな微笑みを、もうこの時のラシェルは浮かべていない。
何かを決意したような凛とした眼差しは、もう俺を見ていない。
ただ真っ直ぐ前を見据えるラシェルが、光の明滅の後に、水鏡の底に消えていく。
「・・・そうか、ここからか。ここからお前は幸せになっていくのか」
美しい花嫁は消え、水鏡もまた消え、今ヘンドリックの足元にあるのは、ただの小さな水たまり。
そこを何度覗いても、もう花嫁姿のラシェルはいない。
俺の剣で背中を切り裂かれ、ランスロットに抱えられて息絶えたラシェルの姿を思い出す。
それでもラシェル。お前は、俺との出会いが必然だったと言った。
俺と出会う必要があったと言った。
それを経て、幸せを得たと確かに言った。
「・・・」
俺は振り返り、灰色のローブの男を探す。
だがどこにも見つからず、おい、と声を出せば、初めて会った時のように、景色の一部を紙のようにぺりりと割いて、するりとそこから姿を現した。
「なんだ、呼んだかい?」
「お前に尋ねたいことがある」
「私に答えられることならば」
ローブの男は、珍しく真面目な顔で答える。
「俺が岩に潰されて死んだ日、お前は俺をここに連れてきた。
俺があのまま生まれ直しても、どうせ似たような、間違いだらけの人生を送って終わるだけだからと言って」
「ああ、言ったね」
「それは俺の心にひびが入ってるせいだとも」
「ああ、それも確かに言った」
「そのひびとやらは、ここにいれば治るのか」
「確実なことは言えないな。だが、二度目の人生では、少しひびが塞がった痕があったからなあ。
あのまま、すぐに生まれ直しに入るよりは、塞がる可能性は高いとは思うぞ」
「・・・そうか」
俺は暫し黙り込み、考える。
それなら。
心のひびが、少しでも塞がってから生まれ直すならぱ。
次は、少しは間違いが少ない人生になるのだろうか。
そうして、生まれ直した世界で、同じく生まれ直したラシェルに会った時。
俺は、今度こそ正解を出せるだろうか。
「・・・俺は」
ローブの男は、俺の言葉の続きをじっと待つ。
「俺は、ラシェルの生まれ直しと時を合わせたい」
「・・・そうか」
分かったとローブの男は続け、彼には珍しい優しげな笑みを浮かべる。
「と言っても、お前の心のひびに関しては、私も正解を知らないんだよ。
まあ、じっくりゆっくり時間をかけていくしかないな。なるべくラシェルが長生きしてくれることを願おうじゃないか」
そうだな、と俺は言った。
これから、長い長い時をかけたとしても、俺の心のひびとやらは、きちんと塞がるかも分からないという。
だが、多少でも塞がるなら、俺の間違いだらけの人生も、少しは変わるかもしれない。
そう、たとえばあの時。
二度目の人生で、俺がラシェルとの話し合いに向かう前、家に一度立ち寄って、剣を置いていったように。
『ヘンドリックさまがいなければ、今の私はいないの。そして、今の私はとても幸せなのよ』
ある時の水鏡が見せたラシェルは、俺の肖像画に向かってそう言った。
それは、幸せの通過点という意味で。
確かにそこを通らなければ、つまりは俺がいなければ、ラシェルの望む幸せは存在しなかっただろう。
だが、願わくば。
もし、願ってもいいのなら。
次の生まれ直しの時には、俺は幸せの通過点ではなく―――
【完】
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水鏡編、完結おめでとうございます!そしてお疲れ様でした。
とても素敵な物語でした。
書いてくださってありがとうございます。
最後のヘンドリックの言葉に、来世ではどうかラシェルと幸せになって!と願わずにはいられません。
あと心のひびがほぼ塞がり、生まれ変わったヘンドリックがどんな人物になるのかも気になります。
ものすごく爽やかな好青年だったら、ちょっと笑ってしまうかもしれません(多分それはないかと思いますが。笑)
もし叶うなら、ヘンドリックの来世のお語も読めたら嬉しいです。
それでは、ありがとうございました!
完結お疲れ様でした。
加筆されたヘンドリックスの心境の部分、なるほどなぁと思いながら読ませていただきましたし、とても良い終わり方だったと思います。
感想欄を見る限り、来世、ラシェルとヘンドリックスが結ばれて欲しいという意見が多いようですが、個人的にはうーん、それはちょっとな…と思う派です。
ヒビが治ったとしても人間関係の機微の疎さや人間関係の構築が下手なのがヘンドリックスの個性だと思っていますが、ラシェルは一度目も二度目も、ヘンドリックスのそういう『個性』の部分は詳しく知らないままだったように思います。
なので、来世生まれ変わって出会ったとしても、上手くは言えないのですが、どんなに好き同士でもどこか何かが上手くフィットせず上手くいかない事もある、そんな感じになるような気がしますし、それがまた人間関係の面白い部分かなと。
個人的には、ランスロットには来世はキンバリーと
ラシェルの間の子どもとして生まれて欲しいなと切に願っている派なので、特にそう思うのかもしれませんが…。
一方、アリーは、ヘンドリックスが人間関係下手な部分は理解しながら一緒に生活していた訳ですし、ヘンドリックスへの愛が育たなかったのは、生育環境に加え、ヘンドリックスの気持ちが自分に対して向いていない事を冷静に理解していたから無意識にヘンドリックスを愛さないようにしていたのだと思うので、もしヘンドリックスからアリーへちゃんと愛が向いていたらこの2人は案外上手くいっていたのではないかなと思うのです。
なので、来世全員が生まれ変わった世界では
ヘンドリックスがラシェルに一生懸命アプローチするけど、その方向性が毎回斜め上というかラシェルが困惑する方向にしかいかず、
「何故こうも毎回上手くいかないのだ??」
と出戻りの同僚友人女性(アリー)に相談兼ねて飲みながら愚痴って
「そりゃそうでしょ!何故その方法で上手くいくと思ったのよ笑!」
と笑われながらダメだしされつつ慰められるうちにだんだんとアリーが気になり始める(この時点ではアリーはヘンドリックスを友人としか思ってない)図の方が個人的にしっくり来るし、それを読んでみたいなぁなどと妄想する自分がいます笑。
作者様の思い描かれている来世図とはだいぶ違うとは思いますが、一読者の感想としてご笑覧いただけると幸いです。
また次回作楽しみにしています!
エピローグまで読ませていただきました✨
ミルちゃんが何年もヘンドリックの肖像画にはなしかけて、キンバリーが拗ねてるのも可愛いですね(笑)
ヘンドリックがあの時点で1度目を見せてくれと言うのは、びっくりしました
そう思うのは生まれ直し直前だと思ってました
ヘンドリックは1度目のその時の自分を見てラシェルと同じく間違えたことがかなり心に入り込んでたんですね
その後ラシェルは2度目はランスの幸せを思って進んでいったけど、ヘンドリックはその場に足踏みしている感じなのかなと🤔
生まれ変わるとき、キンバリーは年上、ヘンドリックは年下かな?
ヘンディはラシェルの恋の相手となる舞台にあがれたらいいなと思います✨
恋が成就するかは謎ですが😅
生まれ変わった3人のお話が冬馬さまの作品で読めることを楽しみにしてます✨
最後までお読みいただき、ありがとうございました♪
一度目を水鏡で見る・・・予想されていたのですね。すごいです。
見るタイミングは、仰る通り、生まれ直し直前というのも考えたのですが、そこはあのヘンドリック。
一度目の間違いを自分の目で見ただけで、次が上手くいくほど心のひびを修復させられるか?と私が疑問に思いまして。
ひびがそれなりに塞がらないと、応用が効かないという欠点もカバーできないので、あのタイミングで自覚して、それから少しずつ修復が進む・・・という感じにしました。
生まれ直しの世界では、キンバリーが年上になりますね。ラシェルとヘンドリックが同じ年齢か、少しだけヘンドリックが遅くなるか。
今のところ頭の中だけのイメージですが、いつかお話にできたらいいな、とは思っています。