あなたの愛など要りません

冬馬亮

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水鏡編

ミルのおじさま 3

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私とヘンドリックさまの関係を、何と呼べばいいのだろう。

共に過ごした時間はほとんどなかったけれど、私とヘンドリックさまは夫婦だった。

大聖堂で挙げた式。

国王陛下も参列してくださったその場所で、私たちは神官に導かれるままに愛を誓った。

少なくとも、その時の私は心から愛を誓ったけれど、結局それは何の意味もない、空っぽの誓いとなった。


一度目の人生で私が狂うほどに恋をして、けれど殺されるほどに嫌われた人。

私の命を救い、私の心を壊した人。

それでも会わなければよかったとは思わない、思えない、どこかで幸せになってほしかった人。それが私にとってのヘンドリックさまだ。


カップに手を伸ばし、お茶をひとくち口に含む。

少しばかり騒がしくなった心を落ちつけてから、私の話が始まるのをじっと待っているミルドレッドに視線を向ける。



―――そうね。私たちの始まりは、きっとここから。



「ミル。ヘンドリックさまはね、結婚前にお母さまを破落戸たちから助けてくださった方なの。お母さまの命の恩人なのよ」

「いのちのおんじん?」


難しい言葉に、ミルドレッドが首をこてりと傾げる。

私は、そうねと頷きながら、もう少し詳しく説明した。


「ヘンドリックさまは、お母さまが悪い人たちに危うく攫われてしまうところを助けてくださったの。
もしその時、ヘンドリックさまが来て下さらなかったら、お母さまはきっと、その悪い人たちにどこか遠い国に売られてしまって、大変な目に遭っていたわ。
もしかしたら、死んでしまっていたかもしれない」

「お母さまが、しんじゃう? そんなのいや! ぜったいダメよ!」


涙目になるミルドレッドに、私は苦笑して続けた。


「そうよね。お母さまも、そんなことになったら嫌だったと思うわ。でも、その時に助けに来てくれたのが、ヘンドリックさまだったの」

「お母さま、たすかったのね。よかった」

「ええ。お蔭で私は今、こうしてランスやミルと一緒にいられるわ。お母さまの命を助けてくれた人だから、ヘンドリックさまはお母さまの命の恩人なのよ」

「おじさまは、いのちのおんじんね。でも、お兄さまは、えの中のおじさまに、あいにいってほしくないって・・・」

「そうね。昔、ヘンドリックさまのことで、お母さまとお兄さまが困ってしまったことがあったの。お兄さまは、お母さまの為にそのことを怒ってくれているのよ。
でも困った時、お義父さまやお義母さま、ミルのお父さまが、たくさん助けてくださったから、お母さまもお兄さまも大丈夫だったのよ」

「おじいさまと、おばあさまと、お父さま、みんなのおかげね!」


ミルドレッドの言葉に、私は微笑みながら頷く。

本当にその通りだ。私ひとりでは、きっとまたどこかで躓いていただろう。


「・・・それにね、お母さまにもいけないところがあったと思うのよ」


私はそこで口を噤み、言葉を探す。

まだ六歳のミルドレッドに、どう話したらきちんと伝わるだろうか。


「助けてくれてありがとうって感謝するだけで、きっとよかったのだと思うの。
でもお母さまは、ヘンドリックさまに恋をしてしまった。そして、ヘンドリックさまは望んでいなかったのに、結婚して妻になった。
ヘンドリックさまは、きっとそれがとても嫌だったのね」 

「お母さまとのけっこんがいや? おじさまったら、へんなの。お母さまは、すてきなのに」

「まあ、ありがとう、ミルがそう言ってくれて嬉しいわ」


私はミルドレッドを見て、それからランスロットへと視線を移す。
ランスロットも私の視線に気づき、じっと私を見つめ返した。


「私は、ヘンドリックさまとの結婚自体はしてよかったと思っているの。だって、そのお陰でミルのお兄さまを、ランスを授かれたのだもの。
ランスが私の息子に生まれてきてくれた、それだけで、私は一生分の報いを得た気持ちなのよ」


私の言葉に、それまで厳しい表情を浮かべていたランスロットが、ぱっと目を見開いた。







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