あなたの愛など要りません

冬馬亮

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水鏡編

ミルのおじさま 2

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絵画保管室の中にあるヘンドリックさまの肖像画を見て、ミルドレッドが『さみしそう』と思ったこと。

もう寂しくないように話しかけに行くとヘンドリックさまの絵に約束したこと。


それらを聞いて、私―――ラシェルは、何とも不思議な気分に包まれる。

私の中のヘンドリックさまのイメージは、いつも一人だった。

騎士団長だったから、見かける時は大抵、他の騎士たちと一緒だった。

それでも。

どれだけ大勢の人に囲まれていても。

私の目にはヘンドリックさまは独りに見えた。

それを『寂しそう』と思わなくもなかった。

けれど、ヘンドリックさまは敢えて人を遠ざけているようにも見えていたから。

後でヘンドリックさまとアリーさんの真実の愛の噂を聞いた時、私は思ったのだ。

側にいることを許されたのは、アリーさんだけなのだと、そんな風に。


―――でも、ミルドレッドは違った。




『お兄さまにそんなにいやがられるくらい、あの絵のひとはわるいことをしたの?』


何と話したらいいだろうかと私は迷う。

ランスロットはヘンドリックさまを嫌っている。そして、あの子にはそれをする理由と権利がある。

息子であるにもかかわらず、ランスロットはヘンドリックさまと一番遠い関係だった。他ならぬヘンドリックさまが、ランスロットを遠ざけた。

でも、その感情をそっくりミルドレッドに譲り渡すのは違う。

ミルドレッドの感情はミルドレッドのもの。
ましてや、ヘンドリックさまはもう亡くなっている人だ。

ミルドレッドが頻繁に見に行っているのはヘンドリックさまの肖像画。ヘンドリックさま本人ではない。

もう二度と会うこともない相手に、今さら警戒心を与えるようなことを言う意味はない。

そう、意味はないから。




「あのね、ミル」


私はミルドレッドの前に膝をついて目を合わせ、にっこりと微笑む。


「あの絵の男の人は、ヘンドリックさまと仰るの」

 「へんどりっく、しゃま」

「ええ、そうよ、ヘンドリックさま。ミルにはまだ言いにくいかしら」

「へんど、りっく、さま。ミル、ゆっくりなら言えるのよ」

「ふふ、そうね。言いにくかったら伯父さまでもいいわよ。ミルの言う通り、ヘンドリックさまはミルの伯父さまなの。ミルのお父さまのお兄さまが、ヘンドリックさまなのよ」

「ミルのおじさま」

「そうね。そっちの方が言いやすいわね」


私は、ちらりと側にいるランスロットを見上げる。

悔しそうで、悲しそうで、そしてどこか不安げな表情のランスロットが、私たちのやり取りを見守っている。


きっとランスロットは、自分のことではなく、私の為に怒っているのだ。
私が傷つかないかと心配して、大丈夫かとハラハラしながら。


もうお嫁さんをもらったのに、まだこうして心配をかけてしまう。母として情けないと思いながらも、息子から向けられる優しさに、心がくすぐったくなる。


―――私は、もう大丈夫なのよ。ランスロットあなたやキンバリーさまがずっと側にいてくれた。今はミルドレッドやアシュリーという宝物まで授かった。


十分すぎるほど幸せで、私なんかがと、申し訳なく思う時もあるほどで。

だから、ヘンドリックさまを恨む気持ちは、もう今は本当にないのだ。

むしろ、私が幸せな分、ヘンドリックさまにもシロで幸せになってほしかった。そして、きっとそうなると信じていた。

だから、突然の訃報が届いた時、心から残念に思ったのだ。



「ミル。お母さまは今からミルに大事なお話をしようと思うの。聞いてくれるかしら?」


こくりと頷いたミルドレッドを見て、私はメイドたちにテーブルに飲み物と菓子を用意するよう言いつける。

少し長い話になるかもしれない。
でも、ヘンドリックさまのことはミルドレッドにも話しておくべきだと、絵の話を聞いてそう思ったから。



もちろんランスロットにも同席を勧める。
だって、きっと気になって堪らないだろうから。

私とランスロットには熱いお茶を、ミルドレッドには果実水を用意した後、メイドたちは部屋から下がってもらう。

ミルドレッドは喉が渇いていたようで、こくこくと果実水を飲んでいる。
私とランスロットは、カップには手を付けず、ミルドレッドが飲み終わるのを待っていた。


「・・・そうね。どこから話したらいいかしら」


私は頬に手を当て、少しの間、思案した。















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