上 下
49 / 54

シャルロッテは、いつだってシャルロッテ

しおりを挟む


 ―――あの時の面白い女の子か?


 ぎくり


 思わず揺れた肩を見て、答えを察したのだろう、オスカーは「やはり」と笑った。


「シャルロッテは子どもの時から面白かったのだな」

「子どもの時から・・・って、今の私も面白いって事ですか?」

「だいぶ面白いな。いきなり契約結婚を申し込んだり、死んだフリして逃げようとしたり、追いかけてもなかなか捕まえられないし、やっと見つけたと思ったら木の上だし」

「っ、あ、あれはガトちゃんが・・・」


 思わず上げかけた反論の声は、中途半端に終わった。


 シャルロッテを抱きしめるオスカーの腕により力が籠もり、ぎゅうと胸元に顔が押し付けられて、それ以上は言えなかったからだ。


「・・・ちゃんと受け止められてよかった。目の前でが怪我をするところは見たくない」

「えと、あの、ゴメンナサイ・・・」


 頑張って隙間を作って、シャルロッテが謝罪の言葉を口にすると、オスカーは聞こえているのかいないのか、ぽつりと呟いた。


「女性には、昔から嫌な思いをさせられてきた」

「・・・へ?」

「1番古い記憶は、乳母の娘だ。『オスカーはアタシのもの』とか言って俺を独占したがって、嫉妬しては周りを牽制して、まるで俺がそいつに好意を持ってるみたいに吹聴して回って・・・乳母本人に問題行動はなかったが、早々に解雇して屋敷を去らせざるを得なかった。俺が8歳の時だ」

「8歳・・・そんな時から」

「メイドだって、何人解雇させたか分からない。茶会では令嬢たちに囲まれ騒ぎを起こされるし、だんだん手口は悪質になっていくし・・・媚薬も何度盛られそうになったことか」


 突然に始まった昔語りに、シャルロッテは戸惑いつつも相槌を打つ。


 やがてオスカーの話は、シャルロッテが初めて彼と出会ったあの公園での事になった。


 その日、オスカーは家族と避暑に来てまだ3日目だったと言う。

 だが街に到着した日に既に、同じホテルに宿泊していた貴族家の令嬢にロックオンされてしまい、翌日からどうやっているのか知らないが、オスカーの行く先々で遭遇するようになる。


 公園でも、偶然を装ってオスカーに近づき、一緒に散策しましょうと腕に手を絡めようとしてきた。


 最初から氷対応のオスカーだったが、いい加減に頭に来ていた事もあり、いつもよりも乱暴な言い方で断ったところ、あの時の行動に至ったらしい。


 オスカーにとっても一瞬のことで、一体何が自分の横を飛んで行って池ポチャしたのか分からなかったが、ベンチに座っていた女の子が、自分の胸元を呆然と見下ろし、それから慌てて池に向かって走って来たから、恐らくブローチなどの装飾品の類だろうと考えた。

 それをやった当人である令嬢は公園から立ち去ろうとしており、女の子は今にも池に飛び込みそうで。


 オスカーもまた被害者であるが、女の子に対して責任を感じた事もあり、すぐに池に入って探すことにした。


 そうしたら、だ。


『おにいちゃんっ、まってて、いま、たすけてあげるっ!』



 ―――は?


 そう思った時には、背中にどしんと衝撃が走った。そう、女の子がダイブしてきたのだ。


 衝撃で、ぐんっとオスカーの上半身が池の底に沈む。

 そのお陰とは言いたくないが、池の底に光る小さなブローチが視界に入った。


 見つけた、と思い、潜ってブローチを手に取って水面に顔を出せば。


『たすけてあげ・・・ぐばばっ、ごぼっごぼぼっ』


 目の前で女の子が溺れていた。








「うう・・・なんかもう・・・色々とスミマセン・・・」


 オスカーの回想を聞いたシャルロッテは羞恥で顔が真っ赤である。オスカーの腕の中に拘束されていなければ、両手で顔を覆いたいところだ。しかし残念かつ嬉しい事に今も絶賛抱っこ中である。


「いいんだ。背中は痛かったし、少し痣になったし、ちょっとばかり池の水も飲んだけど、シャルロッテの気持ちは嬉しかった。あんな風に、何の計算もなく俺に好意を示してくれる子は初めてだったから」


 その言葉に、え、と顔を上げると、オスカーと視線が合った。


「シャルロッテは大きくなってもシャルロッテだった。自分が死んだ事にしてまで俺のもとから去ったのも、君が俺から何の見返りも得る気がなかったから。それだけ純粋に俺を想ってくれてたから」


 オスカーにじっと見つめられ、シャルロッテの口から「ひょえ」と変な声が上がる。だがオスカーは意に介することなく、微笑みを浮かべながら「口づけても?」と尋ねた。


 けれど、聞いておきながら、返事をするより前に唇が降ってきて。



 ちゅ、と軽いリップ音の後、離れていった美しい顔は、嬉しそうに笑った。



「カイラン王国に・・・マンスフィールド公爵家の屋敷に、戻ってきてほしい。俺の愛しい奥さん」


 なんだかもう、色々といっぱいいっぱいだったシャルロッテは、ただコクコクと頷くしかできなかった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうして私にこだわるんですか!?

風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。 それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから! 婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。 え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!? おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。 ※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】愛されないと知った時、私は

yanako
恋愛
私は聞いてしまった。 彼の本心を。 私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。 父が私の結婚相手を見つけてきた。 隣の領地の次男の彼。 幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。 そう、思っていたのだ。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

旦那様、離縁の申し出承りますわ

ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」 大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。 領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。 旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。 その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。 離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに! *女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

処理中です...