45 / 54
私はサシャ・ケルル―
しおりを挟む「サシャ・ケルルー、ただいま戻りました!」
「おー、お帰りサシャ。急な出張で10日間もご苦労だったな。いつもながら本店の会長からのご指名は急だよな」
「いえいえ、商会のお役に立てているなら光栄です。あ、こちら皆さんにお土産です」
サシャが鞄からごそごそと菓子の詰まった箱を2つ取り出すと、室内からわっと声が上がった。
サシャ、つまりシャルロッテが、トーベアナ王国に来てから1年。
ケイヒル伯爵家が経営する商会の支店の一つで働き始めたサシャは、何故か移動して20日も経たずに当初予定していた事務方から買い付け担当へと仕事が変わった。
そして、指示に応じて、たびたび商品の買い付けで出張に出向く日々を送っている。
今日も今日とて、突然に言い渡された出張で10日ぶりに戻って来たばかりだ。
出張は、時間の余裕がある時で1週間前、下手をすると前日に急に言いつけられる事もあり、そのたびにバタバタと荷造りして出かける事になる。
もうちょっと早く言ってくれたら、とか、1週間先の予定も立てられなくて困る、とか。
改善を願う点がない訳でもないが、基本行き当たりばったりが好きな性格のサシャには、大して苦でもなく。
加えて、商会頭が父とはいえ訳アリの自分を雇ってもらっている恩もある。
幸い、父に似たのかサシャの選ぶ商品は概ね評判がよく、売れ筋となる事が多く。
気がつけば、ちょくちょく遠出の旅(仕事だけど)を楽しむ支店社員の生活を過ごし始めて1年が経っていた。
母国カイラン王国に住む家族からは、時々手紙が届いていた。
時々、と聞いて「あのケイヒル家が?」と違和感を覚えるかもしれないが、手紙は本当に時々しか届かない。何故なら、彼らはしょっちゅうサシャに会いに海を渡って来るからだ。そう、手紙よりも直で会いたい上に、行動力のあるケイヒル家の面々は、船に乗ってサシャに会いに来る。
父や長兄次兄が単身で、あるいは両親2人仲良く、はたまた兄弟そろってなど、バリエーションは色々あるが、基本、ふた月に1回は実家の誰かしらと会っている感じだ。
そんな風に頻繁に家族と連絡を取っているサシャだが、実はカイラン王国内の話―――特にオスカーに関してはあまり知らなかったりする。家族の話題にのぼらないからだ。
サシャがオスカー関連で聞いたとすれば、トーベアナ王国に移ってすぐの頃、ランツからの手紙で『まだオスカーとシャルロッテは夫婦のままだ』と書いてあった事くらいだろうか。
結婚前に渡しておいた署名済みの離縁届を、オスカーは使わなかった。
だがそれは、死別の方が後の再婚話を断るのに有利だろうとサシャも想定していたから驚いていない。
オスカーが、妻であるシャルロッテ・マンスフィールドの病死をいつ発表したのか、そこについては言いづらかったのだろう、ケイヒル家の誰からも報告がなかったので、サシャも考えないようにした。
カイラン王国のケイヒル伯爵家に生まれ、オスカー・マンスフィールドに嫁いだシャルロッテはもういない。アラマキフィリスに罹って亡くなったのだ。
だから、シャルロッテは―――いやサシャは、初恋の人を忘れて前に進まなくてはいけない。
そう、もう彼のことは忘れなければならないのだ。
その為にも、サシャはこの1年、忙しくトーベアナ王国を飛び回って頑張った。
すごく、すごく、頑張ったのに。
「・・・10年持ち続けた恋心って、1年頑張った程度では簡単になくせないのね」
出張用の鞄から荷物を取り出し、それらを引き出しやクローゼットなどに片付けながら、サシャはぽつりと呟いた。
健康になってしまった自分では、もう絶対にオスカーに選ばれる事はないのに、サシャの心にはまだオスカーがどっかりと居座っている。
サシャは、ぱん、と両手で頬を叩いて気合いを入れた。
「私はサシャ・ケルル―よ。オスカーさまが大好きで仕方なくて、契約結婚までしたシャルロッテは、もうこの世にいないの」
出張から帰った日は休養や片付けにあて、仕事は翌日からとなっている。
鞄の中身を片付け終えて、けれどなんとなく休む気にならず。
サシャは、気晴らしに散歩に出かける事にした。
123
お気に入りに追加
1,639
あなたにおすすめの小説
君を愛す気はない?どうぞご自由に!あなたがいない場所へ行きます。
みみぢあん
恋愛
貧乏なタムワース男爵家令嬢のマリエルは、初恋の騎士セイン・ガルフェルト侯爵の部下、ギリス・モリダールと結婚し初夜を迎えようとするが… 夫ギリスの暴言に耐えられず、マリエルは神殿へ逃げこんだ。
マリエルは身分違いで告白をできなくても、セインを愛する自分が、他の男性と結婚するのは間違いだと、自立への道をあゆもうとする。
そんなマリエルをセインは心配し… マリエルは愛するセインの優しさに苦悩する。
※ざまぁ系メインのお話ではありません、ご注意を😓
愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。
それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。
一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。
いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。
変わってしまったのは、いつだろう。
分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。
******************************************
こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏)
7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
婚約破棄を、あなたのために
月山 歩
恋愛
私はあなたが好きだけど、あなたは彼女が好きなのね。だから、婚約破棄してあげる。そうして、別れたはずが、彼は騎士となり、領主になると、褒章は私を妻にと望んだ。どうして私?彼女のことはもういいの?それともこれは、あなたの人生を台無しにした私への復讐なの?
お飾り王妃の愛と献身
石河 翠
恋愛
エスターは、お飾りの王妃だ。初夜どころか結婚式もない、王国存続の生贄のような結婚は、父親である宰相によって調えられた。国王は身分の低い平民に溺れ、公務を放棄している。
けれどエスターは白い結婚を隠しもせずに、王の代わりに執務を続けている。彼女にとって大切なものは国であり、夫の愛情など必要としていなかったのだ。
ところがある日、暗愚だが無害だった国王の独断により、隣国への侵攻が始まる。それをきっかけに国内では革命が起き……。
国のために恋を捨て、人生を捧げてきたヒロインと、王妃を密かに愛し、彼女を手に入れるために国を変えることを決意した一途なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:24963620)をお借りしております。
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる