上 下
38 / 54

迷宮

しおりを挟む


「もし・・・その独特の薬草文化とやらで奥さまのご病気が治ったら、今度は本当の奥さまとしてお迎えする事ができるのでしょうか」


 なぜだろう。

 レナートの問いに、オスカーはすぐに肯定の言葉を発する事ができなかった。





 オスカーの屋敷に突撃して、なんとも思い切りのいい契約結婚を提案してきたシャルロッテは、オスカーの事が大好きだと言う割に、大した望みをぶつけてこない。

 言ったとしてもせいぜいが『手をつなぎたい』とか『ケーキを一緒に食べたい』とかその程度だ。


 それがシャルロッテという人なのだと今のオスカーは知っている。けれど最初の頃は随分と驚き、戸惑ったものだ。


 ―――あまりに、他の令嬢たちと違いすぎたから。


 今は、そんな彼女にすっかり慣れ、もっとすごい事をお強請りしてもいいのに、などと思うようになっている。

 いや、『してもいい』どころか、むしろ何かとんでもない事をお願いされてみたいとさえ思う。
 そう、大概のものは苦労せずに簡単に手に入るオスカーでも四苦八苦するような、難しいお願いを。


 あまりにオスカー『らしくない』考えだ。

 女性嫌いで、仕事以外で女性に近くに来られると不快になる自分がそんな思考になった事が、オスカーは不思議だった。


 考えた結果、それはシャルロッテの纏う空気に理由があるのだという結論に辿り着いた。


 シャルロッテが示す好意に、嫌らしさはない。


 ずっとオスカーが嫌悪してきた、女性の欲というか、まとわりつくようなドロドロした感情を、シャルロッテからは感じないのだ。


 これまで女性から好意を抱かれれば、ストーキングされたり、媚薬を盛られたり、屋敷に侵入を試みられたり、呪いのアイテムかと驚くような贈り物が届いたり。

 タチの悪いケースだと、既成事実を冤罪で作りあげられかけた事もあった。


 オスカーにとって、恋という感情は鬱陶しく厄介で面倒でトラブルの元でしかなくて。


 だから、シャルロッテが屋敷を訪問した時も、最初は警戒しかなかった。


 半年という期間限定、さらにシャルロッテがアラマキフィリスという難病に罹っていると分かったからこそ、安心して契約を受け入れる事ができた。

 確実な終わりが見える相手、もし問題が発生してもそれが長引く心配がない相手、それがシャルロッテ。

 都合のいい契約相手、そう、ただそれだけの筈だった。





 だが、シャルロッテと過ごし始めて割とすぐに気づいた。


 ―――真っすぐな好意は、寄せられても不快に感じないものなのだな。


 30をすぎて初めて、オスカーは向けられた感情に対しそんな事を思ったのだ。


 シャルロッテの恋情が美しく清々しい理由、それを彼女が患う不治の病のせいだとオスカーは考えた。

 シャルロッテに醜い欲がないのは、そんなものを内に宿しても決して実らないから。

 もうすぐ死んでしまう彼女に、そんな日など絶対に来ないから。



 オスカーの中で、矛盾する考えが頭をもたげた。

 アラマキフィリスに罹ったシャルロッテを確かに気の毒に思っている自分と。
 不治の病に冒されているからこそ清廉な恋情の持ち主でいられるのだと、どこか病気を肯定的に見る自分と。


 シャルロッテの命に期限があるのが残念で、それを考えるだけで悲しくなるくらい、彼女の側は心地いいと感じているのに。

 もし奇跡が起きたらと思いつつ、本当にそうなったら、シャルロッテもまた変わってしまうかもしれないと怖くなる。

 そう、これまでオスカーを悩ませていた他の女性たちのように。


 今の、可愛らしく素直で純粋なシャルロッテが、もしも変わってしまうとしたら。


 とても、とても怖い。そんなのは見たくない。


 きっと、そんな迷いが口に出た。


「よく・・・分からないんだ。治ったらいいのにとは思う。そうは思うんだが―――」



 ―――特効薬が手に入った時、今のような気持ちや態度のまま、シャルロッテに接する事が出来るのだろうか。



 その呟きは、レナートにとって、とても意外だったようで。

 あまり表情を変えない彼にしては珍しく、目を大きく見開いていた。




 ―――この時のオスカーは、色々と考えすぎて、いっぱいいっぱいだったのだ。


 だから、思ってもいなかった。


 執務室の扉の外。

 ノックをしようと軽く拳を作った状態で。

 固まっている人がいたなんて。










しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうして私にこだわるんですか!?

風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。 それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから! 婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。 え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!? おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。 ※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】愛されないと知った時、私は

yanako
恋愛
私は聞いてしまった。 彼の本心を。 私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。 父が私の結婚相手を見つけてきた。 隣の領地の次男の彼。 幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。 そう、思っていたのだ。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

処理中です...