32 / 54
私と踊って
しおりを挟むマンスフィールド公爵ご夫妻、という紹介の声と共に、夜会の会場にオスカーとシャルロッテが足を踏み入れた。
それまで歓談の声で華やかに盛り上がっていた会場は水を打ったように静まり返り、ほぼ全員の視線が、入って来たばかりの2人に注がれた。
そのあまりの多さに、シャルロッテは一瞬、くらりと目眩がした。
―――ひ、ひええぇぇ、どれだけ人が集まっているの?!
なにせ彼女は夜会は初体験である。
結婚式でも相当じろじろ見られはしたが(リベット第二王女とか、オスカーに未練たらたらの令嬢たちとか、リベット第二王女とか(2回目))、王家主催の夜会で向けられる視線の多さは祭場でのそれとは比べものにならない。
大体、今の今までお喋りに興じていたというのに、なぜ皆一斉に黙るのか。
シャルロッテの緊張が一気に高まり、オスカーの腕に添えていた手についきゅっと力を込めた。
だが、すぐにその手に何か温かいものが重なった。
「大丈夫、俺が側にいるから」
オスカーがもう片方の手を、その上に重ねてくれたのだ。
常に人から注目されてきたオスカーには、これら数多の視線など全く気にならないらしい。
口元には微かな微笑みさえ浮かべ、シャルロッテに「安心していい」と囁いた。
現金なもので、オスカーの微笑と言葉により、シャルロッテの緊張はいとも容易く解されていった。
だが、シャルロッテにとって安心感と落ち着きを与えるその淡い笑みは、会場の皆々さま方には興奮剤でしかないらしい。
滅多にないレアな表情に、其処彼処で悲鳴やら歓声やらが上がった。
その後、王族が入場して夜会の開始を宣言。
国王夫妻、そして王太子夫妻がまずダンスを踊った。
それが終わると、貴族たちもフロアに出て踊り始めるのだ。
デビュタントを飾るファーストダンスだ。シャルロッテはオスカーの横で、その時が来るのを待った。
その時だった。
「ここにいたのね」
国王、王太子夫妻それぞれのダンスに気を取られているうちに、いつの間にか壇上から降りて近くまで来ていたらしいリベット第二王女が、オスカーに声をかけた。
リベット王女は、目の覚めるような青のドレスを着ていた。お飾りはシャルロッテのそれと全く同じ色の白銀。
そう、オスカーの色だ。ただし、シャルロッテとは違い、リベットのそれは完全にオスカーの髪と目の色そのままで。
「・・・第二王女殿下、ご機嫌麗しく。何かご用でもございましたか?」
「ええ。次、お父さまたちのダンスが終わったら、あなたと踊ってあげようと思って。ふふ、わたくしからの結婚祝いよ」
音楽が高らかに奏でられている場内。
リベットの声が聞こえたのは、オスカーたちのいる場所周辺だけだった。だが、それでもそれなりの人たちの耳が拾ったのだろう、ざわり、と小さなどよめきが起こった。
リベットは口角を上げ、すっと手を差し出した。
「王族とのダンスなんて光栄でしょう? まさか断らないわよねぇ。王女であるわたくしがわざわざ誘ってあげたのよ?」
リベットはそのまま、オスカーが手を取るのを待った。
もうじき曲が終わる。そうしたらそのままフロアに向かうつもりなのだろう。
オスカーはひとつ大きな溜め息を吐くと、恭しく頭を下げながら手を差し出した。
「・・・あなたと共に踊る栄誉を、どうか私にお与えくださいませんか?」
「・・・オスカー?」
「あなたのデビュタントとなる最初の一曲を共に祝いたいのです」
そう、オスカーは手を差し出した―――リベットではなく、シャルロッテに。
「・・・喜んで」
そして、ここは敢えて空気を読まない事にしたシャルロッテは、リベットが見ている前で、素直にオスカーの手を取った。
ざわめきは一層大きくなる。
オスカーに向かって手を伸ばしたまま、その手を取られるのを待っていたリベットは、目の前で別の女性がダンスパートナーに決まるのを見て、わなわなと震え始めた。
「オスカー。お前、王族のわたくしに恥をかかせる気・・・っ?」
「・・・今日は妻にとってデビュタントともなる初めての夜会です。そのファーストダンスは、是非とも夫である私が務めたい。間違っても他の男にその栄誉を渡したくはないので」
そう言うと、オスカーは隣に立つシャルロッテを抱き寄せ、つむじに口を落とした。
リベットへのダメージを狙ってのアドリブなのだろうが、シャルロッテもまたそれに結構なダメージを受けていた―――シャルロッテの場合はいい意味でだが。
「お前、よくもわたくしにこんな・・・っ」
激昂したリベットが、宙に浮いたままだった手を高く振り上げた。そして勢いよく振り下ろされる。
だが、その手がオスカーの頬を打つ事はなかった。
「そこまでだよ、リベット」
ダンスを終え、その足で騒ぎの現場に駆けつけた王太子が、彼女の手を掴んでいた。
124
お気に入りに追加
1,639
あなたにおすすめの小説
お飾り王妃の愛と献身
石河 翠
恋愛
エスターは、お飾りの王妃だ。初夜どころか結婚式もない、王国存続の生贄のような結婚は、父親である宰相によって調えられた。国王は身分の低い平民に溺れ、公務を放棄している。
けれどエスターは白い結婚を隠しもせずに、王の代わりに執務を続けている。彼女にとって大切なものは国であり、夫の愛情など必要としていなかったのだ。
ところがある日、暗愚だが無害だった国王の独断により、隣国への侵攻が始まる。それをきっかけに国内では革命が起き……。
国のために恋を捨て、人生を捧げてきたヒロインと、王妃を密かに愛し、彼女を手に入れるために国を変えることを決意した一途なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:24963620)をお借りしております。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】欲しがり義妹に王位を奪われ偽者花嫁として嫁ぎました。バレたら処刑されるとドキドキしていたらイケメン王に溺愛されてます。
美咲アリス
恋愛
【Amazonベストセラー入りしました(長編版)】「国王陛下!わたくしは偽者の花嫁です!どうぞわたくしを処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(にっこり)」意地悪な義母の策略で義妹の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王女のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?
愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。
それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。
一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。
いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。
変わってしまったのは、いつだろう。
分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。
******************************************
こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏)
7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。
婚約者を想うのをやめました
かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。
「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」
最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。
*書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる