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私と踊って

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 マンスフィールド公爵ご夫妻、という紹介の声と共に、夜会の会場にオスカーとシャルロッテが足を踏み入れた。


 それまで歓談の声で華やかに盛り上がっていた会場は水を打ったように静まり返り、ほぼ全員の視線が、入って来たばかりの2人に注がれた。


 そのあまりの多さに、シャルロッテは一瞬、くらりと目眩がした。


 ―――ひ、ひええぇぇ、どれだけ人が集まっているの?!


 なにせ彼女は夜会は初体験である。

 結婚式でも相当じろじろ見られはしたが(リベット第二王女とか、オスカーに未練たらたらの令嬢たちとか、リベット第二王女とか(2回目))、王家主催の夜会で向けられる視線の多さは祭場でのそれとは比べものにならない。

 大体、今の今までお喋りに興じていたというのに、なぜ皆一斉に黙るのか。


 シャルロッテの緊張が一気に高まり、オスカーの腕に添えていた手についきゅっと力を込めた。


 だが、すぐにその手に何か温かいものが重なった。


「大丈夫、俺が側にいるから」


 オスカーがもう片方の手を、その上に重ねてくれたのだ。

 常に人から注目されてきたオスカーには、これら数多の視線など全く気にならないらしい。

 口元には微かな微笑みさえ浮かべ、シャルロッテに「安心していい」と囁いた。

 現金なもので、オスカーの微笑と言葉により、シャルロッテの緊張はいとも容易く解されていった。

 だが、シャルロッテにとって安心感と落ち着きを与えるその淡い笑みは、会場の皆々さま方には興奮剤でしかないらしい。
 滅多にないレアな表情に、其処彼処で悲鳴やら歓声やらが上がった。

 その後、王族が入場して夜会の開始を宣言。

 国王夫妻、そして王太子夫妻がまずダンスを踊った。


 それが終わると、貴族たちもフロアに出て踊り始めるのだ。


 デビュタントを飾るファーストダンスだ。シャルロッテはオスカーの横で、その時が来るのを待った。


 その時だった。


「ここにいたのね」


 国王、王太子夫妻それぞれのダンスに気を取られているうちに、いつの間にか壇上から降りて近くまで来ていたらしいリベット第二王女が、オスカーに声をかけた。


 リベット王女は、目の覚めるような青のドレスを着ていた。お飾りはシャルロッテのそれと全く同じ色の白銀。
 そう、オスカーの色だ。ただし、シャルロッテとは違い、リベットのそれは完全にオスカーの髪と目の色そのままで。


「・・・第二王女殿下、ご機嫌麗しく。何かご用でもございましたか?」

「ええ。次、お父さまたちのダンスが終わったら、あなたと踊ってあげようと思って。ふふ、わたくしからの結婚祝いよ」


 音楽が高らかに奏でられている場内。

 リベットの声が聞こえたのは、オスカーたちのいる場所周辺だけだった。だが、それでもそれなりの人たちの耳が拾ったのだろう、ざわり、と小さなどよめきが起こった。


 リベットは口角を上げ、すっと手を差し出した。


「王族とのダンスなんて光栄でしょう? まさか断らないわよねぇ。王女であるわたくしがわざわざ誘ってあげたのよ?」


 リベットはそのまま、オスカーが手を取るのを待った。

 もうじき曲が終わる。そうしたらそのままフロアに向かうつもりなのだろう。


 オスカーはひとつ大きな溜め息を吐くと、恭しく頭を下げながら手を差し出した。


「・・・あなたと共に踊る栄誉を、どうか私にお与えくださいませんか?」

「・・・オスカー?」

「あなたのデビュタントとなる最初の一曲を共に祝いたいのです」


 そう、オスカーは手を差し出した―――リベットではなく、シャルロッテに。


「・・・喜んで」


 そして、ここは敢えて空気を読まない事にしたシャルロッテは、リベットが見ている前で、素直にオスカーの手を取った。


 ざわめきは一層大きくなる。


 オスカーに向かって手を伸ばしたまま、その手を取られるのを待っていたリベットは、目の前で別の女性がダンスパートナーに決まるのを見て、わなわなと震え始めた。


「オスカー。お前、王族のわたくしに恥をかかせる気・・・っ?」

「・・・今日は妻にとってデビュタントともなる初めての夜会です。そのファーストダンスは、是非とも夫である私が務めたい。間違っても他の男にその栄誉を渡したくはないので」


 そう言うと、オスカーは隣に立つシャルロッテを抱き寄せ、つむじに口を落とした。

 リベットへのダメージを狙ってのアドリブなのだろうが、シャルロッテもまたそれに結構なダメージを受けていた―――シャルロッテの場合はいい意味でだが。


「お前、よくもわたくしにこんな・・・っ」


 激昂したリベットが、宙に浮いたままだった手を高く振り上げた。そして勢いよく振り下ろされる。

 だが、その手がオスカーの頬を打つ事はなかった。


「そこまでだよ、リベット」


 ダンスを終え、その足で騒ぎの現場に駆けつけた王太子が、彼女の手を掴んでいた。












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