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手紙
しおりを挟む爪の色の変化は、思い込みでも願望が見せる幻覚でもなく。
真実、本当に薬が効き始めたのだと実感したシャルロッテは、早速ケイヒル領の家族に手紙を書き送る事にした。
薬の効果が出始めて、左手中指の色が戻りつつあること。
味はとんでもなく苦かったこと。
オスカーには、いつもとても親切にしてもらっていること。
実はオスカーが甘いもの好きであること。
オスカーとケーキを半分こして食べたこと。
思いつくままにつらつらと書いていけば、最後の頃には薬とはかけ離れた話になっていた。他に何か書き忘れはないだろうかと、シャルロッテは羽ペンを顎にあてながら考え、そして思いついた。
「そうだわ。いつも手袋をつけているとはいえ、爪の色が戻り始めている事を知られたら嘘がバレちゃうわ。上手く誤魔化す方法がないか、お父さまたちに相談しないと」
諦めていた未来が自分のもとに戻ってくる、その事実をシャルロッテは今、ようやく実感している。
次兄のイグナートには感謝しかない。
難破して漂流した上、どの国とも交流していない島に流れ着く苦労をしてまで、アラマキフィリスの特効薬を見つけて帰って来てくれた。
シャルロッテがいるここカイラン王国でも、また近隣諸国でもまだ知られてい貴重な貴重な薬を。
だからこそ、今回この薬を飲むにあたり、家族と話し合って決めた事がある。
シャルロッテが服用してもし実際に効果がある事が分かった場合、この国と、そして医学先進国である隣国の研究機関にそれぞれ1包ずつサンプルとして薬を送り、成分調査を依頼する事だ。
依頼を引き受けてくれるかは分からない。
薬草の種類によっては手に入らないものもあるだろうし、正確な配合が分かるとも限らない。
けれど、もし特効薬の製造が可能になれば、今のシャルロッテのように救える命は確実に増える。なにせアラマキフィリスの薬はこれまで存在しなかったのだから。
手紙の中で、シャルロッテはこれまで自分を励まし支えてくれた家族への感謝を、とりわけ薬を見つけてくれたイグナートへの感謝を丁寧に綴った。
だが、1週間後に返って来た手紙に、イグナートからの言葉はなかった。
シャルロッテの手紙がケイヒル伯爵家に届く数日前、他国から連絡が来て出かけたらしい。1年と3か月ぶりに帰国したというのに、なんとも忙しない。
それは兎も角として、父も母も長兄も、シャルロッテに薬の効果が現れた事に大喜びした。
イグナートが帰って来たら、シャルロッテから手紙が来たことや、無事に薬が効いた事を伝えるから、と書かれていたが、シャルロッテとしては今現在のこの喜びをすぐに分かち合えなかったのが少し残念で。
―――どこに行ってしまったのかしら。早く報告したいのに。
ケイヒル家からの手紙を読みながら、シャルロッテがそんな事を考え、頬を膨らませていた頃。
執務室にいたオスカーは、手紙の束の中から一通を取り出すと、その裏側を見て美しい顔に眉を寄せていた。
「面倒だな」
ぽつりと呟くオスカーの手の中にある封筒。その裏側に押されているのは王家の封蝋だった。
そう、それには王家が主催する夜会に招待する旨が書かれた手紙が入っていたのだ。
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