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奇策、それとも愚策?
しおりを挟む「お嬢さま、いえ奥さま、どうされたのですか? せっかく薬が見つかったというのに難しいお顔をされて」
結婚式の後、マンスフィールド邸の公爵夫人の部屋に移ったシャルロッテに、ケイヒル伯爵家から連れて来た侍女アニーが尋ねた。
シャルロッテの病気の事はもちろん、オスカーとの契約結婚についても知っているアニーは、シャルロッテの専属侍女として側にいてもらっている。
高位の夫人なら普通は最低でも2名は付く筈の専属侍女は、シャルロッテの病状を隠匿する為、予めアニーひとりとする事が、オスカーとの話し合いで決まっていたからだ。
そんなアニーは、ついに見つかったアラマキフィリスの特効薬に大喜びした。
けれど、当の本人が神妙な顔で薬袋の前で考え込んでいるから、気になって仕方ないようだ。
「この先どうするか考えていたの。アニー、取り敢えずこの薬の袋を、鍵付きの引き出しにしまっておいてね」
その指示に、アニーは「え」と顔色を悪くした。
「まさか、薬を飲まないおつもりですか?」
今度はシャルロッテが「え」と驚いた。
「まさか、そんな訳ないでしょ。治らない病気だと思っていたから、なるべく死を前向きに捉えるよう頑張ってたけど、希望がある今は、生きる気満々よ。
それに、イグお兄さまが命をかけて探してくれた薬を無駄になんて出来ないわ。ちゃんと全部飲むつもりよ」
「そう・・・ですよね。すみません。しまうように言われたのでつい」
「掃除とかでこの部屋に入る使用人たちに、この薬を見られたら困ると思って。ほら、病気の事を隠してるでしょ」
「あ、そうでしたね。では1包だけ出して、あとはしまっておきます」
「ありがとう。引き出しの鍵は、私とアニーとで1つずつ持つ事にしましょう」
シャルロッテは、アニーから渡された薬の包みを開くと、水と一緒に一気に口の中に流し込んだ。
草と木の香りがするその薬は、焦茶と薄茶が混ざった、見るからに苦そうな色をしていたが、飲んでみると思った通り、とんでもなく苦かった。
「これを1日1回ひと月の間、飲むのね。頑張らないと」
夢のまた夢だと諦めていた薬が見つかったのだ。
この薬が、シャルロッテの命の期限を残り9か月から未定へと変えてくれる。味がかなり苦くてマズいくらい、なんてことはない。そう、ちょっと舌がビリビリするくらい、喉がイガイガするくらい、なんでもない。
ただ、一つ困るとしたら―――
「公爵さまには、いつご報告されるのですか?」
アニーの問いに、シャルロッテは顔を上げると緩く首を横に振った。
「言わないつもりよ。治るなんて契約違反だもの」
「え? ですが」
「オスカーさまに失望されたくないの」
「失望、ですか?」
「そうよ。オスカーさまとの結婚が目的で余命僅かと嘘を吐いたなんて、思われたくないもの」
そう、死の回避が可能となった今、シャルロッテが恐れているのはそれだ。
オスカーと結婚したかったから、もうすぐ死ぬと騙したのではないか、そう疑われるのが、そんな女だと軽蔑されるのが怖い。
「実際、私は病気を盾に結婚をお願いしたし、オスカーさまだって、私がアラマキフィリスと分かったから結婚に同意してくださったの。それが『結婚式の当日に薬が見つかったから完治しました』なんて言ったら、結婚目当ての詐欺にしか見えないでしょう? 私がオスカーさまでもそう考えるわ」
「それは・・・でもタイミングがそうだっただけで・・・」
アニーが口ごもる。
それ以上、反論しないという事はつまりそういう事だ。
「そうね、たぶん今すぐ薬の事を打ち明けて、すぐに離縁してここを出て行けば、詐欺じゃない事は信じてもらえるかもしれないけど」
シャルロッテはそこまで言って、ぐっと拳を握る。
「でも、それは嫌なの。というか駄目なの。だって、そしたらもうオスカーさまに会えなくなってしまうわ。仮初でも妻になれたのに・・・そんなの勿体ないじゃない」
「勿体ない? お、お嬢さま、いえ奥さま、何を」
「半年間だけだけど、大好きなオスカーさまの側にいられる権利をもらったのよ? せめてその権利が有効な間は側にいたいの。
それに、縁談よけとしての役目をちゃんと果たしてオスカーさまの役にも立ちたいわ。だからねアニー、私、決めたの!」
「ええと、何をでしょうか?」
妙に行動力のあるシャルロッテは、こうなると止まらない。嫌な予感のするアニーが恐る恐る尋ねると、シャルロッテは力強く続けた。
「表向きは、このままオスカーさまとの契約通りに事を進めるの。私は9か月後にアラマキフィリスで死ぬ事にするのよ」
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