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予想外の参列者

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 オスカーが治めるマンスフィールド領、そこで最も大きな神殿の、これまた最も大きな祭場で、オスカーとシャルロッテの結婚式は行われた。

 祭場の前方に置かれた祭壇を背にして立つのは神殿長。彼に向かい合わせるように立つのは新郎オスカーと新婦のシャルロッテだ。2人の背後には、参列者用の席が並んでいる。

 参列者の数は・・・少なめではある。
 だが、オスカーが言っていたよりずっと多かった。

 万障繰り合わせて出席した人が、そこそこいたのだ。


 だが、今ここでシャルロッテが強張った顔でオスカーの隣に立っているのは、厳密に言うとそれが理由ではない。
 いや、もっと厳密に言えば理由になるのかもしれない。

 実は、予想外の参列者には令嬢たちが多かった。前々日に届いた招待状なのに、一体どうやってスケジュールを調整したのだろう、約28名ほどのご令嬢が単独、もしくはお供付き、あるいは家族連れで乗り込んできていた。

 まあ、オスカーの人気ぶりを知っているシャルロッテなので、ハンカチを噛んで悔しがる令嬢たち程度ならビビりもしないが(いやするか?)、28名の令嬢と家族にプラスして、実はもう1人、とんでもない人物が来ていたのだ。


 そのとんでもない人物は今、参列者用の席の最前列のど真ん中、つまりオスカーとシャルロッテのすぐ真後ろに座っている。
 
 さらに座席からもの凄い圧をシャルロッテに向けて放っている、要はガンを飛ばしているのだ。


 もうお分かりだろう、そう、第二王女リベットである。


 結婚式に参列するにはそぐわない、派手な真っ赤のドレスとキラキラ光る宝石をあちこちに着けて登場したリベットは、最前列中央の席で足を組み、右手を顎に当てて少し首を傾げ、いかにも不機嫌そうに眉を寄せ、じろり、いやぎろりと花嫁のシャルロッテの後姿を睨めつけている。


 そして―――



「今からでもそこをどきなさい。そうしたら許してあげるわ。この身の程知らずが」

「お前程度の女がオスカーに釣り合う筈がないでしょう? さっさと消えなさいよ」

「お前の家には鏡がないのかしらね。それとも視力が悪くて自分の顔を見たこともないのかしら」


 などと、ぼそぼそぼそぼそ小声で呟いてくる。
 誰に向けて言っている訳でもない、囁きに似た呟き、あるいは独り言の体で。

 声量は本当に小さく、左右両隣か、すぐ前に立つシャルロッテたちでも聞こえるか聞こえないかギリギリのところ。そして偶然かわざとか、王女の両隣に座っている人はいない。両隣どころか王女の周辺だけぽっかりと空席になっている。

 つまり聞こえているのはシャルロッテとオスカーだけという事だ。ちなみに神殿長はお年なので少々耳が遠い。


 
 控え室で自分のドレス姿に喜び、浮かれ、正装姿のオスカーに見惚れながら、嬉し恥ずかしの気分で祭壇前まで行ったところまではよかったが、今やシャルロッテのテンションは爆下がりである。


 ―――今日からオスカーさまを堂々と名前呼びできる~♡とか、ついにオスカーさまの妻となれたのね~キャッとか、我が人生に一片の悔いなし!とか、色々と幸せな気分だったのに。


 前で神殿長の祝福を受けながら、背後からは呪いの言葉を吐きかけられるという、なかなか珍しくも嬉しくない状況に、シャルロッテの視線が少しずつ下がっていくのだが―――








「・・・もういい加減、あの馬鹿にはうんざりだ」


 式が誓いの言葉へと移る頃、隣からぽそっと声が聞こえた。当たり前だが、オスカーも相当頭にきているようだ。



 誓いの言葉とは、あらかじめ決まっている定型文を新郎新婦それぞれが宣言する儀式。
 少々長い文言である為、神殿長が短く区切って何度かに分けて言ってくれる。それをこちらが復唱していく形だ。
 その合間も背後からはぶつぶつと恨み節が聞こえてくる。区切っての復唱でなければ、途中で間違えて恥をかいていた事だろう。


 なんとか誓いの言葉を言い残して終え、シャルロッテはホッと息を吐いたが、安心するのはまだ早い。次はいよいよ誓いの口づけである。


 オスカーとは、照れた風を装って額に口づける事に決まった―――筈だったのだが。




「すまん。予定変更だ」



 ―――え?



 そんな言葉と共にヴェールが上げられ、オスカーの端正な顔がゆっくりと近づいてくる。


 形の良い薄い唇が、予定していた額よりももっと下の方に、そう、シャルロッテの唇の方へと寄せられていくのだ。これではまるで―――


 ―――まるで、おでこじゃなくて唇にするみたい・・・?


 「っ、ちょっと何してんのよ。離れなさいよ」とすぐ近くで声がした。先ほどまでのぼそぼそ声より少し大きい。けれどオスカーの顔はどんどん近くなって、今にも鼻先が触れそうだ。


 シャルロッテは思わずぎゅっと目を瞑った。たぶん顔は真っ赤で、期待で口元は緩んでいて、心持ち顔は上向きで。


 オスカーの吐息を、シャルロッテは自分の口元に感じた。目を瞑っているから見えないが、すぐそこにオスカーの顔がある筈。


 ―――?

 
 けれど、唇に何かが触れる感覚はなく。
 かと言って、打ち合わせ通りおでこに口づけられる訳でもなく。


 ―――もしかして、私の勘違い?


 ちょっとがっかりしたシャルロッテの眉がへにょりと下がった。その時、ふっと鼻先で空気が揺れた。


 その後すぐ。



 ―――ちゅっ



 小さなリップ音と共に、シャルロッテの唇に柔らかいものが触れた。


 ほんの一瞬、けれどそれはきっと。たぶん間違いなく。



「☆+~!◇×=△?!」


 最前列からは意味不明の叫び声が上がった。他の参列者たちも信じられないものを見たとどよめいている。


 ―――そんな時。


「ああシャル、本当に花嫁さんになってた。綺麗だなぁ・・・」

 
 ざわめきのせいだろうか。


 口づけの直前に祭場の扉が開いた音や、最後列の扉前から花嫁を見つめ涙する男性の姿に、誰も気づく事はなかった。




 


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