上 下
3 / 54

難病アラマキフィリス

しおりを挟む

 シャルロッテの焦げ茶色の髪は、この国ではよく見られる、いわゆる平凡な色だ。だが手入れの行き届いた艶々の髪は、今日も窓から差しこむ日の光を反射してキラキラと美しい。

 そして、彼女の濃い緑色の瞳は夏の木々の葉を思わせ、見る人に爽やか且つ穏やかな印象を与えた。

 とびきりの美人とまではいかないが、それなりに整った顔立ち。笑うと片頬に出るエクボがチャームポイントと彼女の家族は褒め称える。

 家の爵位は伯爵と中位だが、事業を手広く営むケイヒル家はそこそこの金持ちだった。

 両親の仲も良く、家庭環境も良好。
 末っ子でたった一人の女の子でもあるシャルロッテは、両親と兄2人から可愛がられて育った。


 特上とまでは行かないかもしれないが幸せである事に間違いない、それがこれまでのシャルロッテの人生だった。
 こんな感じの人生がこれからも続くのだろうと誰もが漠然と信じていた―――そんな未来は、けれど一年前に一転した。


 ―――シャルロッテが、不治の病『アラマキフィリス』に罹ったと知った時に。




 それはシャルロッテが15になったばかりの時、半年後にデビュタントを控え、そろそろ婚約者を決めようね、なんて話が家族内で出始めた頃だった。

 アラマキフィリスは、徐々に心臓の機能が衰えていき、最後にはその動きが止まって死ぬ病気だ。
 原因も、治療法も、特効薬もない謎の病。
 にも関わらず、実にあっさりと病名が特定されたのは、アラマキフィリスに罹った者には、ある特有の症状が表れるからだ。

 それは爪色の変化。アラマキフィリスに罹った人の爪色は、右手の親指から順に青に変色していくのだ。

 全ての爪が青に変わってから約1週間後には心臓の動きが完全に停止する―――つまり死ぬ。それがアラマキフィリスという病。


 当時のシャルロッテは、右手親指の爪が薄らと青に染まり始めていた。

 医師によると、シャルロッテに残された時間はあと約2年。


 健康優良児で、これまで風邪ひとつひいた事がなかったシャルロッテの突然の発病、そして突然の余命宣告に、本人は勿論、ケイヒル家全体が悲しみに包まれた。

 アラマキフィリスに効く薬がないのは、有名すぎる話だ。
 
 それでも、シャルロッテの家族は希望を捨てなかった。
 父ジョナスは国内の医師全てと連絡を取り情報を集め、長兄ランツはアラマキフィリスに関する医学論文をあるだけ取り寄せて内容を精査し始めた。
 次兄イグナートに至っては「他の国なら薬があるかも」とその日のうちに家を飛び出してしまった。実は今も帰って来ていない。


 シャルロッテ本人はショックで部屋に引きこもり、2週間ほど泣いて暮らした。

 だがその後、ハッと気づく。

 残された時間はあと2年しかない。なのに、そのうちの2週間をただ泣くだけで終わらせてしまった。これでは時間が勿体ない。限られた時間を、最大限有効に使わなくては。


 シャルロッテは起き上がり、『死ぬまでにやりたい事リスト』を作成し始めた。


 心残りがないように、最期は笑って家族にさよならを言えるように。

 頭に浮かんだ願いを、思いつくままあれやこれやと書いていく。

 書き終えたら、あとはリストの項目を一つ一つ達成していくだけだ。

 幸い、なかなかの資産家であるケイヒル伯爵家は、既に子どもたちにかなりの額の個人資産を渡していた。

 多少の我が儘も、それを使えば家にあまり迷惑をかけずに実行できるだろう。


 こうして、シャルロッテは『心おきなくやりたい事リストを達成しよう活動』を開始した。


 家族はとても協力的で、シャルロッテの個人資産など使わなくても、どんどんリストに書かれた事をやらせてくれた。
 
 お陰で、シャルロッテのリストには、次々と達成済みのチェックが入っていく。

 気づけば、僅か半年ほどで約3分の2の願いを叶え終えていた。



「というか、シャルの願いがささやかすぎるんだよ」

「もっとすごい事をお願いしてくれていいのよ」

「私たちも出来る限りの協力は惜しまないから」


 そんな事を家族に言われ、素直なシャルロッテは「それなら」と、これまでずっと胸の奥に秘めていた初恋を―――無謀すぎるからとリストにも書かずにいた、オスカー・マンスフィールド公爵への恋心を打ち明けた。



 ずっと昔、オスカーとシャルロッテはとある場所で会った事がある。

 恐らくオスカーは覚えてもいないであろう一瞬の出会い。けれど、シャルロッテにとっては運命の出会いだった。

 その時からずっと、シャルロッテは胸の奥で大事に大事に恋心を温めていたのだ。


 
 とは言うものの、シャルロッテは最初、結婚などという大それた事は考えていなかった。

 死ぬ前の思い出作り、それくらいの気持ちで、オスカーへの告白とか短期間のお付き合いとか、あるいはせめて一回のデートとか、その程度を希望していたのだ。

 だが、家族は余命僅かなシャルロッテの、最初で恐らくは最後になるであろう恋を全力で応援しようとあれこれ考えた。


 父ジョナスは言った。「最近マンスフィールド公爵は、王女殿下に付き纏われて迷惑がってるらしいぞ」


 母ラステルが呟いた。「いつまでもフリーだから狙われちゃったのね。リベット殿下のお相手は大変でしょうに」


 長兄ランツがぽつりと漏らした。「なら、いっそ縁談よけになるとか言って、シャルをお嫁さんにしてもらうのはどう? 病気の事があるから、ほんの短い期間になるだろうけど」


「「「・・・・・・」」」


 3人は、無言で顔を見合わせた。

 そして、コクコクと頷き合う。

 もともと仲のいい家族が、これまで以上に一致団結した瞬間だった。




 

 


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうして私にこだわるんですか!?

風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。 それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから! 婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。 え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!? おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。 ※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】愛されないと知った時、私は

yanako
恋愛
私は聞いてしまった。 彼の本心を。 私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。 父が私の結婚相手を見つけてきた。 隣の領地の次男の彼。 幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。 そう、思っていたのだ。

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

旦那様、離縁の申し出承りますわ

ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」 大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。 領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。 旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。 その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。 離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに! *女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

処理中です...