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今日で最後
しおりを挟むきゃあああっ、と廊下に響く叫び声。
どたどたと走る複数の足音。
そして。
「ベネディクト殿下っ! 来てください! アリス嬢が・・・っ!」
無関係だとどれだけ言っても、何か起こるたびにベネディクトを呼びにくる『真実の愛の応援者』たち。
うんざりする気持ちしかないが、もう少しの辛抱だと思ってベネディクトは溜め息を堪える。そして、「わかったよ」と足を向けた。
今は第三学年の初秋。
夏季休暇が終わり、学園が再開して間もなくの頃である。
国王王妃両陛下が言っていた『見極め』が終わり、ベネディクトが公に動く許可を得たのは、つい昨日のことであった。
さっさと行動を起こしたかったベネディクトを押さえて様子見を命じた両陛下を一時は恨めしく思ったものの、それは判断としては間違っておらず、猶予期間に学園内では色々と変化が起きていた。
たとえば、噂を信じていた者たちの中から、その信憑性に疑問を持つ者が現れた。
自身の行いを振り返り、アリスから距離を置く者たちもいた。
逆に、この機に旨い汁を吸おうとさらにアリスに深入りする者がいたのも事実だが、王が与えた猶予期間内に行動を正せないのであれば、それは結局、本人の資質の問題と割り切るべきだろう。
―――二コラ嬢が変わるとは思わなかったけどな。
そう心の中で独り言ちながら、ベネディクトは歩を進めた。
令息たちに連れて行かれた先は、校舎の一階の階段下だった。叫び声を聞きつけたのか、既に人だかりが出来ている。
「ベネディクト殿下、あそこに・・・」
友となった公爵令息が辺りを警戒しながらベネディクトの前を歩いていたが、なにかに気づいて人だかりの中の一点を指でさす。
人影の向こうにアリスが床にぺたりと座り込んでいるのが見えた。側にはどこぞの令息がいて、彼女の肩に手を回して抱き込んでいる。
アリスは令息の腕の中で、両手で顔を覆っている。泣いているように見えるが、ベネディクトの位置からは泣き声を聞き取れないのでなんとも言えない。
「なにがあった?」
両陛下から動いていいと許可が出たからもう言わないが、本当にどうしていつもベネディクトを呼びに来るのだろうか。
教師を呼びに行くという普通の発想になぜ至らないのか、『真実の愛の応援者』であるというだけでも相当なマイナスなのに、対応力と判断力の無さでさらに減点である。
「あ、殿下! 大変なんです! アリス嬢が階段から突き落とされて・・・っ!」
『真実の愛の応援者』その一が、ベネディクトの姿を認め、彼に向かって大声を上げる。
その声に、アリスが顔から手を離し、ベネディクトの姿を探し始める。
潤んだ瞳で不安そうに周りを見回す様子は、何も知らない人ならばすっかりと同情してしまうことだろう。
人だかりの中からベネディクトを見つけたアリスは、声を振るわせ言った。
「ベネディクトさまぁ・・・っ、よかった、来てくれたんですねぇ・・・あたし、階段でいきなり背を押されて・・・うう・・・っ、怖かったぁ・・・」
そこまで言うと、アリスは再び両手で顔を覆って泣き始めた。彼女に代わって、先ほどからずっと彼女を抱きかかえている『真実の愛の応援者』その二が先を続ける。
「アリス嬢は階段から突き落とされたのです! 殿下とアリス嬢の邪魔ばかりしているあの女に!」
びしっと音がつく勢いで、令息が階段上を指さす。それにつられて皆の視線も上に向けば、踊り場にひとり立つ二コラがいた。
廊下に集まった令息令嬢たちの中に、『真実の愛の応援者』はどれほどいるのだろうか。
彼ら彼女らは、今日が許された最後の日だと気づいていない。踏み留まるなら今しかない。
『真実の愛の応援者』その一、その二の声に動かされ、集まった学生たちの中から声がぽつぽつと上がり始める。
ベネディクト殿下、今こそ真実の愛の為に立ち上がってください。邪魔者である悪役令嬢に鉄槌を下し、愛する人を守ってあげてください、と。
ベネディクトは、ちらりと周囲に視線を走らせた。
―――うん。まだそれなりにいるね。
仕方ない。
ベネディクトがいくら否定しても、片側の言葉ばかりを鵜呑みにして勝手に騙されたのは彼ら彼女らである。
―――それに、僕が守りたい人って、そこの令嬢じゃないからね。
無性にティターリエが恋しくなったが、今は恋心に浸る時ではない。
ベネディクトは意図的に無表情を心掛け、すい、と視線を階段の踊り場に向けた。
「・・・ニコラ嬢、皆はこう言っているけれど?」
「わたくしがここを通りかかったとき、アリスさんは急に悲鳴を上げて、踊り場の数段下から勝手に飛び降りたのです」
ベネディクトの問いに、ニコラははっきりと答えた。
「わたくしは、アリスさんを突き落としたりなどしていませんわ」
「そうか」
ベネディクトが踊り場に立つ二コラから視線を階段下のアリスに移した。
「聞いた? 二コラ嬢はやってないってさ」
そう続けたベネディクトを、アリスはもちろんのこと、『真実の愛の応援者』たちが愕然とした表情で見つめた。
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