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王位継承者でもスペアでもないのに
しおりを挟むベネディクトを慕っていると言って、けれども瑕疵のある自分の価値を少しでも高めたいとも言ったティターリエは、翌日に王城から去った。
前日に交わした言葉など夢だったのではないかと、ベネディクトが疑ってしまうくらいにあっさりとした出立であった。
ティターリエは、ライツェンバーグ侯爵位を継いだ叔父の養女となる手続きをしてからドリエステ国にいる祖父母のもとに向かった。なので、身分は以前に戻り侯爵令嬢である。
移動だけでもふた月近くかかるドリエステである。彼の国で入学時点から学校に通う為には、急ぎ動く必要があった。しかも、ティターリエが学ぼうとしているのは薬学である。通常の入学準備で終わる筈もない。
ゆえにティターリエの旅立ちは、非常に慌ただしくなったのだ。
それにすんなりと納得できないでいるのがベネディクトであった。
しんみり別れを惜しむ時間の余裕などないと理屈では分かっていても、心の中で寂しさの嵐が吹き荒れる。
「あなたの為に頑張ると言って出国したのだから、もっと嬉しそうにしなさいな」
母王妃に嗜められても、ベネディクトの顔色は浮かないままだ。
ベネディクトの不満は、ティターリエが遠い異国に行ってしまったことだけにあるのではない。
彼女が正式な婚約者になっていないことも大きかった。
「仕方ないではないの。あなたとティターリエさんの気持ちが通じ合ったのが、城を出る前日だったのだもの」
ヘタレて会うのを避けていたベネディクトが悪いと言われてしまえば、返す言葉がない。
「だいたい、それがティターリエさんの望みだったのでしょう?」
それが一番ベネディクトが不満に思うところである。
そう、他でもない、ティターリエが婚約未締結のままを望んだのだ。
学園でベネディクトが素晴らしい令嬢と出会うかもしれないとか、ティターリエがドリエステで価値を示せるか分からないとか色々と理由をつけて、ティターリエは婚約候補のまま旅立った。
「理性的な判断で、わたくしはむしろ安心したわよ。第三王子であるあなたの寵愛だけに縋るような令嬢だったら、後々が心配ですもの」
父王も、そして兄二人も同様の意見であると言われ、なんだかんだと応援してくれてた気がしたのに手のひら返しをされた気分になっていたベネディクトだったが、十五歳になり学園に通うようになって、その意味を理解した。
第三王子のベネディクトは、王位継承者でもなく、スペアでもない。
上の兄ふたりに比べて王族として負う責務や義務が軽い上に、影響力は弱く、それゆえに比較的自由に動ける立場にあった。
それは、兄たちとはまったく立ち位置が違うという意味で、裏を返せば期待されていないということでもある。
だが、そんな第三王子でも王族の威光を感じる貴族は一定数いるらしい。
ティターリエとの未来を見据え、いずれ臣籍降下するつもりでいるベネディクトに、兄王子たちに向けるような期待を寄せる令嬢令息たちに学園で出会うことになった。
「ベネディクト殿下、ごきげんよう」
「おはようございます、殿下。鞄をお持ちします」
「ベネディクト殿下、よかったらお昼をご一緒しませんか」
「ベネディクトさま、これ、わたくしが作りましたの」
「ベネディクト殿下」
「ベネディクトさま」
これまでも王子として周囲から傅かれる立場にあったベネディクトだが、学園という閉鎖された空間で、同年代の子女子息らに囲まれて過ごす時間は、まったく異質な体験となる。
学生全員がそうだという訳ではないが、ギラギラした目をベネディクトに向ける者たちはそれなりにいたのだ。
約束の言葉などひとつも発していないのに、あたかも婚約者であるかのように振る舞う令嬢たち。
姉妹を売り込みたいのか、それともステータスが欲しいのか、どんどん増えていく自称友人たち。
無闇と追い回される毎日を過ごす羽目になったベネディクトは、ティターリエが他国に行ってまで自分の価値を高めようと決めたのはこういうことかと思うのであった。
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