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大嫌いでした

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「ううっ、うわあああぁぁぁぁっ!」


突如、屋敷内のどこからか上がった叫び声。

執務室で書類を読んでいたエリーゼは、ぴくっと体を揺らした。


「な、なにごと?」


顔を上げ、執務の補佐で付いていたマシューに尋ねるも、彼もまた分からないと黙って首を左右に振った。


「少々お待ちを」


マシューはまとめていた書類の束を机の端に置くと、扉を開けて使用人に声をかけ、何事かを話し始めた。

エリーゼは執務の手を止め、マシューの戻りを待つことにした。先ほどの声が気になって、書類を見たところで文字が頭に入って来ない。


「お嬢さま」


やがて、戻って来たマシューは、なぜか小声で話しかけた。


「どうやら先ほど―――」










「ケヴィンさま!」


呼びかけたエリーゼの声に、門扉に向かって歩いていたオレンジ色の髪がゆっくりと振り向いた。


「エリーゼ嬢。どうなさいました?」

「・・・オズワルドに会いに来るとは聞いていましたが、今日とは知りませんでした。
その・・・先ほどの大声はオズワルドのものだったと聞きまして」

「ああ、ご心配をおかけしてしまい、すみません。ですが、殴られてはいませんのでご安心を」


そう言われて安心する人間が、一体この世の中で何人いるだろうか。


「父が、対面時には騎士を立ち合わせると言ってましたが」

「はい、そうです。その騎士の方が、私に掴みかかろうとしたオズワルドを押さえてくれました。まあ、一発くらいなら殴られてもよかったのですがね」


微笑みを崩さずにそんなことを言うケヴィンは、掴みどころのないいつもの彼だ。


(やっぱり、そういう雰囲気になったのね。
でも、オズワルドはケヴィンさまが裏で画策したことを知らない筈だから、それはつまり・・・)


「・・・オズワルドに話したのですね。あなたとキャナリーさんが浮気を疑われるよう誘導したことを」

「ええ、そうですね」

「話す必要がありましたか?」


あの時のエリーゼにとって、ケヴィンの画策は援護射撃のようなものだった。オズワルドとの婚約破棄をエリーゼは微塵も後悔していない。

だが、オズワルドにとっては、騙されたと知るのは屈辱でしかないだろう。

しかも、それが友と信じていた人だったのだから。


(それをわざわざ話すのは、ケジメとは違うのではないかしら)


それはただ、ケヴィンが楽になりたいだけではないか。

エリーゼにはそう思えてしまうのだ。


「あのまま蟄居先で腐ってるだけなら、私も誤解させたままにしておくつもりでした。
でもあいつは命令を破って王都に出て来た。またしてもうっかり騙された訳ですが、今回の動機はなかなか立派です。あなたを助けようとしたのですから」

「え?」

「だから話すことにしたのです」

「それはどういう・・・」


ケヴィンの理論がよく分からず、エリーゼは戸惑いの表情を浮かべた。

だが、今のケヴィンの言葉で一つ、思い出したことがあった。

ルネスが前にエリーゼに尋ねたのだ。
なぜオズワルドが蟄居先を抜け出したのか、理由を知りたいかと。


(ルネスが複雑な表情をしていたから、また言いがかりめいたことを口にしているのかと思っていたけど、それがまさか私の為・・・?)


「エリーゼ嬢」


ケヴィンに呼びかけられ、エリーゼは顔を上げた。


「私はオズワルドという男が大嫌いでした。
婚約者だったあなたを貶め、蔑ろにすることで、自分の存在価値を確かめる狭量さが、吐き気がするほど嫌いだったのです」
















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