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言われなくても

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レフスタ侯爵家が主催する夜会の前日。

オズワルドが軟禁されている宿に、礼服が届いた。ラウロからだ。

これを着て、宴会場に来いということだろう。

当日には、夕刻にラウロが手配した馬車がオズワルドのいる宿に差し向けられる。
その馬車が、オズワルドを『犯行予定現場』まで連れて行くのだ。



「はあ・・・」


届いた礼服を見つめ、オズワルドが溜め息を吐いていると、窓の向こうからコンコンと音がした。

オズワルドが返事をするより早く、窓がカラカラと開いてベランダから男が現れた。
振り返らなくても誰かは分かる。オズワルドがこの世で二番目に嫌いな男、ルネス・マッケンローだ。


「おい、ルネス。前も言ったけど、勝手に開けるなよ。そして、勝手に入ってくるな」


最初の時こそ、窓からの侵入者に驚き腰を抜かしたオズワルドだが、今はもうすっかり慣れたらしく、以前のような憎まれ口を叩くようになっていた。

オズワルドのこの態度にはルネスも慣れているから、軽く肩を竦めるだけで気にする様子はない。というか、元婚約者になったオズワルドに気を遣う必要はもうないので、今は敬語も取れている上に名前も呼び捨てだ。


「いよいよ明日だ。オズワルド、段取りは分かってるな?」

「・・・段取りって、明日ここに寄越される馬車はすり替えてあるって話だろ? オレがすることなんて何もないじゃないか」

「見張りの連中は、オズワルドが馬車に乗るのを見届けるまでが仕事だ。だから、怯えたフリをするのを忘れるな。くれぐれも、土壇場で変な行動力を発揮して、脱走したりするなよ。大人しく馬車に乗れ」


オズワルドは眉を顰めて「分かってるよ」とそっぽを向いた。


「・・・ジェラルドは大丈夫なんだよな?」

「君と同じタイミングで救出する作戦だ。俺はエリーゼと一緒に夜会に出席するから、部下を向かわせる」

「助けてくれるなら誰でもいい。一番危ないのはエリーゼなんだろ。あの性悪男が狙ってるんだし」

「まあな。媚薬を用意したり、婚約を解消したり、あの男もここのところ随分と忙しそうだった」

「は? 媚薬? 婚約解消? ってなんだよ、それ!」


思わず大きな声を出したオズワルドに、ルネスは、「しっ」と口元に人差し指を当てた。

ラウロの雇った見張りは今ではすっかり気が緩んでいて、連日扉の前で酒盛りをしているが、だからと言ってあまり大きな声を出すのはよろしくない。


「・・・悪い。だが、今のはどういうことだ?」

「そのまんまだ。エリーゼには媚薬、そして俺には睡眠薬を飲ませて、別々の場所に閉じ込めるつもりらしい」

「・・・嘘だろ、襲われそうになったところを助けて惚れさせるって話じゃなかったのか?」

「ついでに既成事実も作っておけば確実だとでも考えたんだろう。すぐに婚約に持っていけるように、ラウロは今の婚約者とつい昨日、婚約を解消している。
ラウロの発案なのか、カリス公爵の差し金か・・・どちらにせよ、理解し難い発想だ」

「・・・あ、もしかしてあの男、薬を盛ったのもオレのせいにするつもりだったのか・・・?」

「だろうな」


顔色を悪くするオズワルドに、ルネスは続けた。


「だから、明日は大人しくすり替えた馬車に乗れ。間違っても夜会の会場に駆けつけようなんて考えるなよ?」

「・・・分かった。ちゃんと怖がるフリをしながら馬車に乗るよ」


オズワルドの返事を聞いて、ルネスもまた頷いた。
そして、これで確認は終わりだと窓の方に視線を向けた時。


その代わり、とオズワルドが口を開いた。


「・・・ちゃんと守れ。エリーゼを、オレが世界で一番嫌いな男から守ると約束しろ」


言葉では頼んでいるにもかかわらず、睨みつけるような視線を向けるオズワルドに、ルネスはふっと苦笑を漏らした。


だが、ここで「引き受けた」とルネスは言わない。


だって、今のルネスはエリーゼの専属護衛騎士であるだけでなく、婚約者であり、未来の夫でもあるのだ。


だから、同じく挑戦的な視線でこう返す。


「言われなくても」と。











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