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この辺りで

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ルネスは床に倒れたケヴィンを見下ろし、声を荒げた。


「亡くなった婚約者のことは残念だと思う。好いた相手だったのならばなおさらだ。
だが、それを次の婚約者をぞんざいに扱う免罪符にするのは違うだろう。『誰でも同じ』とはあんまりな言い分だ。
しかも、お嬢さまに求婚しようという理由がそれだなどと・・・っ」

「ルネス、駄目よ」

「すみません、お嬢さま。今の発言は許せません。そもそも政略結婚をすることが多い貴族は、好む相手と結ばれる可能性が低いのです。
立場や家の問題や状況、時には経済状態や派閥なども絡めて家の為に結婚する、それがほとんどなのです。お嬢さまがオズワルド令息と婚約したのも、派閥関連の問題があってのことでした。
でも今、お嬢さまは自由になった。それに関してはケヴィン令息に感謝しています。今度こそ、お嬢さまには幸せになれる相手と結ばれてほしい。
なのに『誰でも同じ』? ふざけるな! そんな奴にお嬢さまを任せられる訳がない!」

「ルネス、落ち着いて」


エリーゼは慌ててソファから立ち上がってルネスの側まで行き、ルネスの背をそっと撫でた。


「私なら大丈夫だから」

「・・・っ」


ルネスはぐっと唇を噛みしめて黙り込んだ。

そして、少しの間の後。


「・・・何か冷やすものを取ってきます」


ぽつりとそう言うと、足早に部屋から出て行った。

エリーゼはその後ろ姿を見送った後、振り返ってケヴィンを見た。

ルネスに殴られた左頬が赤くなっているのを見て、エリーゼの眉が情けなく下がる。


「ルネスが申し訳ございません。大丈夫ですか? 痛みはありますか?」

「お気遣いなく。私の口が過ぎたせいですから」


ケヴィンは左頬を手でひと撫ですると立ち上がり、アリウスに視線を向けた。


「公爵閣下、これ以上は難しいかと」

「あ~、まあそのようだな。この辺りで止めておこう。まさかルネスが殴るとはな。体を張らせてしまって悪かった」

「いいえ。約束通り対価をいただければ私はそれで。それにルネス卿は咄嗟に手加減してくれたようです。覚悟したほどの衝撃はありませんでした」


(・・・約束? 対価?)


「・・・お父さま? それは一体何のお話でしょうか」


二人のやり取りを聞いていたエリーゼは、目を眇めてアリウスを見た。


「ずっとおかしいとは思っていたのです。お父さまは一体、何を企んでおられたのかしら。そろそろ教えていただけませんか」







冷タオルを持って戻ってきたルネスは、三人の座る位置が少し変わっていることに気づいた。

テーブルを挟んでエリーゼとケヴィン。そこは同じだが、ひとり用のソファを少し下げて見守るようにして座っていたアリウスが、エリーゼの隣にいる。

それを不思議には思いつつも、わざわざ口に出して言うほどのことではなく。

ルネスはまずケヴィンのところに行って、氷を間に包んだ冷タオルを差し出した。


「少し腫れてきたな。これで冷やしてくれ。先ほどは・・・悪かった。感情的になってしまった」


ルネスの言葉に、ケヴィンは一瞬目を丸くして、それからにこりといつもの微笑みを浮かべた。


「煽ったのはこちらですので、本当にお気になさらず。対価もきちんといただくことですし、本当に大丈夫ですよ」

「対価?」

「ああ、その話は後ほど。まずはこちらに、私の隣にお座りください」


冷タオルを頬に当てながら、ケヴィンは自分が座るソファの空いたスペースをぽんぽんと叩いた。
ルネスは困惑して首を横に振る。


「いや、俺はお嬢さまの後ろに・・・」

「いいからそこに座りなさい、ルネス」

「旦那さま?」


これまでずっとただ黙って事の成り行きを見るだけだったアリウスが、ルネスの言葉を遮ってケヴィンの隣を指さした。
心なしか、不機嫌顔である。


「・・・分かりました」


主人に言われれば否はない。

ちらりとエリーゼを見るも、こちらも何やら難しい顔をして俯いていた。

自分が部屋を離れている間に何かあったのだろうか、とルネスは思案した。

タオルを取りに行き、氷と水を用意して、濡らしたタオルで氷を包んで戻ってきた。

リネン室と氷が保管されている厨房奥の保管庫の距離は少し離れているものの、冷タオルを準備して戻ってくるまでに二十分もかからなかった筈だ。


戸惑いながらもケヴィンの隣に腰を下ろしたルネスに、アリウスが重々しく口を開いた。


「ルネス。エリーゼがお前に話があるそうだよ」









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