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手にしたもの、失ったもの
しおりを挟むエッカルトの死により、カーライルの生活は一変した。
エッカルトの影に隠れるべき存在だったカーライルは、ペールヴェーナ公爵家唯一の息子になった。
友人も増え、婚約者もできた。相手はもちろんシンシアだ。
だが、掌返しをした両親や、エッカルトの友人たちと違い、シンシアの心からエッカルトは消えなかった。
噂では、シンシアは修道院行きを望んでいたという。あくまで噂で、真実は分からない。だが、エッカルトの死後半年で結ぶ筈だった婚約が、一年かかった事は確かだ。
「・・・これからよろしくお願いします。カーライルさま」
漸く整った婚約の場、挨拶するシンシアの目はどこか遠くを見ていた。
両親も、エッカルトの友人たちも、シンシアの家族だって、エッカルトが消えた今、カーライルが代わりとなる事を良しとしているのに。
シンシアは、シンシアだけは、エッカルトを忘れなかった。
だからカーライルは、シンシアに自分をカルと呼ばせた。自身の愛称もそれだと言って。
「カーライルさま」
「カルだ」
「・・・はい、カルさま」
「そうだ。君は俺の婚約者だ、シンシア」
「・・・はい、カルさま」
カルさまと口にする度、シンシアの瞳が揺れる。常に淑女の笑みを貼りつけている彼女が、唯一動揺する瞬間だ。
カーライルはその時だけ、シンシアの心の中に自分が押し入れた気がした。
両親からの関心と愛情、後継者としての立場と名声、自身の尊厳、約束された将来、愛する婚約者。
エッカルトの死によって、今のカーライルは、欲しかったものを全て手にした。
足りないものは何もない。カーライルは満足した。やっと満たされたと、そう思った。
けれど昔のカーライルだって、少ないかもしれないが持っていたものは確かにあったのだ。だが残念な事に、当時もそしてこの時も、まだその事に気づいていなかった。
「カーライル」
たくさんの人に囲まれ祝福の言葉を受けていた時、名を呼ばれて振り向いた。エディントンだった。
エッカルトが死んですぐの頃、エディントンはカーライルを心配してよく会いに来た。
大丈夫か、突然で驚いた、落ち込んでないか。そんな言葉をかけてきたが、カーライルがした返答に、エディントンはどこか怪訝な顔をした。
それからも数回エディントンはカーライルを訪ね、話をした。だが、ある日を境にぷっつりと顔を見せなくなった。
最後に話した時、エディントンはカーライルに尋ねた。『カーライル、お前は―――』と。
そんな事を思い出しながら、カーライルは久しぶりの友人と対面した。
「カーライル。一応、友人だった時もあるからね、お祝いを言いに来たよ」
今はもう友人ではないと言いたげな口ぶりだ。晴れて結婚するという友人になんと不躾な言動だろう、カーライルはぴくりと眉を跳ね上げた。
だが、エディントンはカーライルの冷たい眼差しに動じる事なく、じっと見つめ返した。
「やはり、きちんと言っておこうと思って。大事な式の日に水をさすようでアレだけど、お前にはもうたくさんのご友人がいるから、気にならないだろう」
「・・・一体何の話だ?」
「俺はお前と縁を切るって話だよ」
「・・・は?」
「満足してるんだろ? よかったな、結婚までこぎつけられて」
ドクン、と心臓が跳ねた。
―――ああそうか、そうだった。
最後に会ったあの日、エディントンは俺に・・・
『証拠はない、どうやったかも分からない。だがお前だと思ってる』
『・・・何の話だ? 言ってる事が分からないな』
『カーライル、お前は・・・お前はそれでいいのか? 満足か?』
『ああ』
そう、そして俺は、確かに答えたのだ。
『―――満足だ』と。
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