【完結】お前さえいなければ

冬馬亮

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失踪、そして発見

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「エッカルトはまだ見つからんのかっ!」


 ペールヴェーナ公爵邸で、公爵の怒声が響き渡る。


 報告の声に焦燥を滲ませる騎士たち、絶えない人の出入り、暗く陰鬱な雰囲気と時間外の労働に使用人たちの顔色も冴えない。


 公爵の目は血走り、公爵夫人やシンシアはハンカチで涙を拭う。


「わたっ・・・わたくしがあの時カルさまのお側を離れたりしなければ・・・っ」

「・・・シンシア嬢のせいではない。君は息子の指示に従っただけだろう」

「でも・・・でも・・・っ」

「他の場所でエッカルトを見たという証言もある。今はその周辺を重点的に捜索させているから、じきに連絡が来るだろう。シンシア嬢はもう休みなさい」


 子どもも遊びに行くようなちっぽけな山で、エッカルトは行方不明になった。


『少し頭を冷ましてくる。このままだと、ここで君によからぬ事をしてしまいそうだ』


 おどけた調子でシンシアにそう言ったエッカルトは、婚約者を護衛に託し、その場を離れた。


 ちょっとその辺りを歩いてくるのだろう、そうシンシアも護衛も思った。だから少しの間その場に留まり、エッカルトの戻りを待った。


 だがエッカルトは戻って来ない。よく考えてみれば、待つようにと言われていなかった事に気づき、もしや別の道から待ち合わせ場所に向かったのではと、シンシアたちも慌てて向かった。


 だが、いざ到着してみれば、そこにいたのはペールヴェーナ公爵夫妻と、エストリーデ公爵夫妻つまりシンシアの両親と二人の兄と、そして―――カーライル。


 双子の彼らを見分ける印である色違いの上着は脱いで手に持っていたが、それを見なくとも―――さらに言えば、もう一つの印である長く伸ばした髪を見なくても、シンシアにはすぐに彼がエッカルトではないと分かった。


 結局、馬車で屋敷に帰る予定の時間になってもエッカルトは現れず、それでもその時はまだ、皆の顔に不安はなかった。

 領民たちも家族連れで遊びに来るような安全な山。広さはそれなりにあるが高さはない、散歩気分で来る事ができる山だ。これまで事件が起きた事もない。

 その上、今回のピクニックにあたり、数日前から人の出入りを制限していた。当日は山の周辺に騎士たちを配置していたし、不安がる要素などないように思えた。

 その後、巡回担当の騎士たちから、別の場所でエッカルトを見かけたという証言が加わり、暫くは苦笑まじりでエッカルトを待った。だが、待てど暮らせどエッカルトが現れる事はなく。

 刻一刻と日没が近づく中、深刻な表情をした騎士が、エッカルトの上着を手に戻って来た。

 上着は所々に血が付いていた。

 騎士はその上着を、目撃証言があったという場所からほど近い川べりで見つけたと言う。それらの報告に、皆の顔から余裕の色が消えた。

 公爵は自分たちの側には最小限の数の護衛だけを残し、エッカルトを探しに向かわせた。そして同行した侍従の一人に命じて、屋敷に状況の報告と、騎士の増員命令を伝えに行かせる。


 陽が落ちかけても尚エッカルトは見つからず、護衛責任者の勧めもあって、両公爵は自分たちの屋敷に戻った。シンシアだけはエッカルトの安否が確認できるまではとペールヴェーナ家についてきた。


 増員された騎士たちが夜通し山中を歩き回りエッカルトを捜索するも、依然として見つからぬまま夜が明け。


 翌日も捜索は続けられたが、何の成果もないまま終わった。だが更にその翌日、彼らは遂にエッカルトを発見した―――物言わぬ遺体となった彼を。


 歩行者が行き来する自然道の側に、一見すると木の茂みに見える小規模の崖があったのだ。エッカルトはそこに落ちたようだった。

 崖を覆うように左右から伸びた木の枝が視界を塞ぎ、捜索者たちは気づかずにその道を何度も往復していた。


 エッカルトの体は野犬に食い荒らされ、無惨な状態だったという。

 その知らせに、ペールヴェーナ公爵は顔を歪め、夫人とシンシアは泣き崩れた。






 ―――それから喪が明け一年が過ぎた頃。


 カーライルとシンシアの婚約が決まった。











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