9 / 12
俺は間違っていない
しおりを挟む「父さま」
酒臭い執務室の扉が開いた。廊下から、ひょこりと7歳の幼い顔がのぞく。
傾いた体、その背中からさらりと揺れるカーライルと同じ青緑色の髪。
長く伸ばしているのは、前例に倣った双子を見分けるしるしだ。現れたその子が弟のカールハインツだと示すもの。
「カール、どうした。執務室に来るなんて珍しい」
「お顔が見たくなったのです」
ニコニコ笑うカールハインツの後ろでは、彼担当の侍女が申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。
「そうか、お入り」
カーライルは声に喜色を滲ませ、壁際に立っていた執事に、茶と菓子の用意を言いつけた。そしてそれらの準備が整うと、人払いして可愛い息子とのティータイムを楽しむ事にした。
「好きなだけ食べなさい」
カールハインツはカーライルのお気に入りで、希望の象徴だ。
法改正の目処は立たないが、カーライルはこの子に公爵位を譲るつもりだ。
長男のカークライトも年相応に賢いし真面目で努力家だが、カールハインツは群を抜いて優秀で、後継の座にふさわしい人材だ。そして、この目論見は案外簡単に成功するのではないかとカーライルは思っている。
エッカルトとカーライルの時は誰もカーライルを応援などしなかったが、カークライトとカールハインツの場合は違う。
カールハインツの周りにはいつもたくさんの人が集まっている。明るく社交的で人を惹きつける魅力的な子、加えて神童と呼ばれるほどの優秀さ。この子が次期公爵ならと考える人が少なからずいてもおかしくない。
現に、あれほど長男ばかり大事にしていたシンシアでさえ、今はカールハインツ寄りなのだ。
―――そうだ、俺は間違っていない。俺がやった事は間違っていない。
そもそもあの日、俺の後を追いかけて来たエッカルトが悪いんだ―――
カーライルは、美味しそうに菓子を頬張る愛息子を見ながら、大罪を犯したあの日を思い返した。
カーライルと話したかったというエッカルトは、会話を拒否するカーライルの後をしつこく付いて来た。
「カーライルに謝りたかったんだ。場所も弁えないであんな事して、本当に悪かったと思って」
「・・・別にどうでもいい。早く戻れ」
「でもこんな風に話すのも久しぶりだし、もう少し・・・」
「断る」
カーライルはエッカルトに背を向け、ずんずん進んでいるのに。
なのにエッカルトはしつこかった。愛しい婚約者のところに戻るより、カーライルとの会話を望むといつまでも追い縋る。
いい加減、面倒になったカーライルは、道を外れようとした。山中に入り、エッカルトを撒いてしまおうと。
―――ところが。
「うわっ」
「カーライルッ?」
木々を分け入っていざ山道から外れた時、カーライルの足は空を踏んだ―――つまり足元に何もなかった。生い茂る木々の間に入っていったつもりが、長く伸びた枝が交差しているだけで、そこにはぽっかりと空間が出来ていたのだ。まるで小さな崖、あるいは大きな落とし穴のように。
落ちる。そう思って、咄嗟に目についた枝を掴む。一瞬、カーライルの体重を受け止めたそれのお陰で彼の体は少しの間空中に留まり、その隙にもう一方の彼の手を、エッカルトが掴み、引き上げた。
「この山にこんな危険な場所があったなんて、ビックリだな。枝にハンカチを結んで印をつけておこう。後で父上に報告して、柵か何か設置してもらわないと」
「・・・助かった」
「ちょうど一緒にいる時でよかった。カーライルは僕の大事な弟だからね。何かあったら大変だ」
「・・・大事な、弟」
「そうだよ、ずっと勉強も剣術も一緒に頑張ってきた仲じゃないか。これからも僕の執務を側で支え続けてくれるって聞いてるよ」
「・・・ああ。そう、言われているな。父上から」
ずっと、そう言われてきた。お前はエッカルトの為に存在しているのだと。
エッカルトは、どこかぼんやりしたカーライルの返しに、はは、と笑った。
「なんだい、そのどこか他人ごとな言い方は。カーライルの話だぞ?」
「・・・分かってるさ。だが、俺の人生は俺のものじゃない」
エッカルトの為に使えと、その為の人生だと、でも俺は、それが嫌で。嫌で堪らなくて。
「? カーライルの人生はカーライルのものだよ?」
でも、きっとそんな台詞を親から言われた事がないエッカルトは、まるで当たり前のようにそんな返しをしてきて。
それから言ったのだ。
「きっと、カーライルにも婚約者が出来たら気が変わるよ。大丈夫、父上がそろそろ婚約者を見つけてくださるさ。きっと僕のシンシアみたいな素敵な人をね」
「・・・っ」
「そしたら、お互いの婚約者も交えて四人でお茶しよう。そうだ、なんなら僕から父上に言ってあげ・・・」
「煩い・・・煩い、煩い煩い・・・っ」
―――気がついたら、手に石を握っていて。
頭から血を流したエッカルトが、カーライルの足元に転がっていた。
97
お気に入りに追加
387
あなたにおすすめの小説
欲に負けた婚約者は代償を払う
京月
恋愛
偶然通りかかった空き教室。
そこにいたのは親友のシレラと私の婚約者のベルグだった。
「シレラ、ず、ずっと前から…好きでした」
気が付くと私はゼン先生の前にいた。
起きたことが理解できず、涙を流す私を優しく包み込んだゼン先生は膝をつく。
「私と結婚を前提に付き合ってはもらえないだろうか?」
愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開
くだらない冤罪で投獄されたので呪うことにしました。
音爽(ネソウ)
恋愛
<良くある話ですが凄くバカで下品な話です。>
婚約者と友人に裏切られた、伯爵令嬢。
冤罪で投獄された恨みを晴らしましょう。
「ごめんなさい?私がかけた呪いはとけませんよ」
妹が公爵夫人になりたいようなので、譲ることにします。
夢草 蝶
恋愛
シスターナが帰宅すると、婚約者と妹のキスシーンに遭遇した。
どうやら、妹はシスターナが公爵夫人になることが気に入らないらしい。
すると、シスターナは快く妹に婚約者の座を譲ると言って──
本編とおまけの二話構成の予定です。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
よくある父親の再婚で意地悪な義母と義妹が来たけどヒロインが○○○だったら………
naturalsoft
恋愛
なろうの方で日間異世界恋愛ランキング1位!ありがとうございます!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
最近よくある、父親が再婚して出来た義母と義妹が、前妻の娘であるヒロインをイジメて追い出してしまう話………
でも、【権力】って婿養子の父親より前妻の娘である私が持ってのは知ってます?家を継ぐのも、死んだお母様の直系の血筋である【私】なのですよ?
まったく、どうして多くの小説ではバカ正直にイジメられるのかしら?
少女はパタンッと本を閉じる。
そして悪巧みしていそうな笑みを浮かべて──
アタイはそんな無様な事にはならねぇけどな!
くははははっ!!!
静かな部屋の中で、少女の笑い声がこだまするのだった。
【完結】「幼馴染が皇子様になって迎えに来てくれた」
まほりろ
恋愛
腹違いの妹を長年に渡りいじめていた罪に問われた私は、第一王子に婚約破棄され、侯爵令嬢の身分を剥奪され、塔の最上階に閉じ込められていた。
私が腹違いの妹のマダリンをいじめたという事実はない。
私が断罪され兵士に取り押さえられたときマダリンは、第一王子のワルデマー殿下に抱きしめられにやにやと笑っていた。
私は妹にはめられたのだ。
牢屋の中で絶望していた私の前に現れたのは、幼い頃私に使えていた執事見習いのレイだった。
「迎えに来ましたよ、メリセントお嬢様」
そう言って、彼はニッコリとほほ笑んだ
※他のサイトにも投稿してます。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる