【完結】お前さえいなければ

冬馬亮

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俺は間違っていない

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「父さま」


 酒臭い執務室の扉が開いた。廊下から、ひょこりと7歳の幼い顔がのぞく。


 傾いた体、その背中からさらりと揺れるカーライルと同じ青緑色の髪。
 長く伸ばしているのは、前例カーライルに倣った双子を見分けるしるしだ。現れたその子が弟のカールハインツだと示すもの。


「カール、どうした。執務室に来るなんて珍しい」

「お顔が見たくなったのです」


 ニコニコ笑うカールハインツの後ろでは、彼担当の侍女が申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。


「そうか、お入り」


 カーライルは声に喜色を滲ませ、壁際に立っていた執事に、茶と菓子の用意を言いつけた。そしてそれらの準備が整うと、人払いして可愛い息子とのティータイムを楽しむ事にした。


「好きなだけ食べなさい」


 カールハインツはカーライルのお気に入りで、希望の象徴だ。

 法改正の目処は立たないが、カーライルはこの子に公爵位を譲るつもりだ。

 長男のカークライトも年相応に賢いし真面目で努力家だが、カールハインツは群を抜いて優秀で、後継の座にふさわしい人材だ。そして、この目論見は案外簡単に成功するのではないかとカーライルは思っている。

 エッカルトとカーライルの時は誰もカーライルを応援などしなかったが、カークライトとカールハインツの場合は違う。
 カールハインツの周りにはいつもたくさんの人が集まっている。明るく社交的で人を惹きつける魅力的な子、加えて神童と呼ばれるほどの優秀さ。この子が次期公爵ならと考える人が少なからずいてもおかしくない。


 現に、あれほど長男ばかり大事にしていたシンシアでさえ、今はカールハインツ寄りなのだ。


 ―――そうだ、俺は間違っていない。俺がやった事は間違っていない。

 そもそもあの日、俺の後を追いかけて来たエッカルトが悪いんだ―――


 カーライルは、美味しそうに菓子を頬張る愛息子を見ながら、大罪を犯したあの日を思い返した。







  
 カーライルと話したかったというエッカルトは、会話を拒否するカーライルの後をしつこく付いて来た。


「カーライルに謝りたかったんだ。場所も弁えないであんな事して、本当に悪かったと思って」

「・・・別にどうでもいい。早く戻れ」

「でもこんな風に話すのも久しぶりだし、もう少し・・・」

「断る」


 カーライルはエッカルトに背を向け、ずんずん進んでいるのに。

 なのにエッカルトはしつこかった。愛しい婚約者のところに戻るより、カーライルとの会話を望むといつまでも追い縋る。

 いい加減、面倒になったカーライルは、道を外れようとした。山中に入り、エッカルトを撒いてしまおうと。


 ―――ところが。


「うわっ」

「カーライルッ?」



 木々を分け入っていざ山道から外れた時、カーライルの足は空を踏んだ―――つまり足元に何もなかった。生い茂る木々の間に入っていったつもりが、長く伸びた枝が交差しているだけで、そこにはぽっかりと空間が出来ていたのだ。まるで小さな崖、あるいは大きな落とし穴のように。


 落ちる。そう思って、咄嗟に目についた枝を掴む。一瞬、カーライルの体重を受け止めたそれのお陰で彼の体は少しの間空中に留まり、その隙にもう一方の彼の手を、エッカルトが掴み、引き上げた。


「この山にこんな危険な場所があったなんて、ビックリだな。枝にハンカチを結んで印をつけておこう。後で父上に報告して、柵か何か設置してもらわないと」

「・・・助かった」

「ちょうど一緒にいる時でよかった。カーライルは僕の大事な弟だからね。何かあったら大変だ」

「・・・大事な、弟」

「そうだよ、ずっと勉強も剣術も一緒に頑張ってきた仲じゃないか。これからも僕の執務を側で支え続けてくれるって聞いてるよ」

「・・・ああ。そう、言われているな。父上から」


 ずっと、そう言われてきた。お前はエッカルトの為に存在しているのだと。


 エッカルトは、どこかぼんやりしたカーライルの返しに、はは、と笑った。


「なんだい、そのどこか他人ごとな言い方は。カーライルの話だぞ?」

「・・・分かってるさ。だが、俺の人生は俺のものじゃない」


 エッカルトの為に使えと、その為の人生だと、でも俺は、それが嫌で。嫌で堪らなくて。


「? カーライルの人生はカーライルのものだよ?」


 でも、きっとそんな台詞を親から言われた事がないエッカルトは、まるで当たり前のようにそんな返しをしてきて。


 それから言ったのだ。


「きっと、カーライルにも婚約者が出来たら気が変わるよ。大丈夫、父上がそろそろ婚約者を見つけてくださるさ。きっと僕のシンシアみたいな素敵な人をね」

「・・・っ」

「そしたら、お互いの婚約者も交えて四人でお茶しよう。そうだ、なんなら僕から父上に言ってあげ・・・」

「煩い・・・煩い、煩い煩い・・・っ」







 ―――気がついたら、手に石を握っていて。


 頭から血を流したエッカルトが、カーライルの足元に転がっていた。










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