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明と暗
しおりを挟むカーライルが17歳の時、エッカルトとシンシアの婚姻式の日取りが正式に決まった。約一年後だ。
これからは部屋の改装や婚姻式関係の手配など、本格的な準備に入る。
その数日後、エッカルトは家族が揃った朝食の席でピクニックに行きたいと言い出した。
「これから皆、忙しくなるでしょう? まだ時間の余裕がある今のうちに、僕ら家族の思い出を作っておきたいんです」
エッカルトが提案した場所は屋敷の敷地裏手から少し進んだ先にある小さな山で、なだらかな傾斜が子どもにも登れると領民にも人気の場所だ。
折しも時期は春。季節的にも外出に丁度よく、きっと花や景色が楽しめると両親は賛成した。
ピクニックは二週間後に決まった。
家族の思い出作りの筈が、いつの間にかシンシアたちエストリーデ家も参加する事になっていた。
ピクニック当日、空は雲ひとつなく晴れ渡り、そよ風が吹く爽やかな空気の中、山の付近まで馬車で向かう。
麓に到着し馬車を降りれば、目の前にはなだらかな傾斜と青々とした木々の緑。陽の光を受けて煌めく葉は目に眩しい。
四半刻ほどゆっくりと山道を進めば、ひらけた平らな場所に出た。
そこに侍女たちが敷き布をしき、侍従たちは簡易テーブルや椅子を設置する。
持参したバスケットから魔法のように次々と食事が取り出され、テーブルの上に並べられれば、あっという間に昼食の準備が整った。
家族の思い出作りと言った割に、エッカルトはシンシアのすぐ隣にずっといて、二人ばかり話をしている。だがそんな二人をペールヴェーナ公爵夫妻も、エストリーデ公爵夫妻も、同行した夫妻の息子二人も、ニコニコと微笑ましげに眺めていた。
―――くだらない。
食事を終えて早々にカーライルは立ち上がり、散策を始めた。
麓に下りる時間まで皆の所には戻らないつもりでいた。あんな茶番を喜ぶのは家族だけだ。血の繋がりはあるかもしれないが、生憎と家族の情などカーライルの内には育っていない。
それから一刻ほど歩き回っただろうか、カーライルは遠目にシンシアとエッカルトの姿を見つけた。
二人は手を繋ぎ、ゆっくり山道を歩いている。
だいぶ離れて後から付いて来ている男は恐らく護衛、所構わず無自覚にイチャつく二人に遠慮して、距離を取っているのだろう。
見たくもない光景に、カーライルは踵を返そうと一歩下がった。けれど。
視界の端に捉えてしまった。シンシアの腰を抱き寄せ、口づけをするエッカルトを。
「・・・っ」
シンシアは抵抗する事なく口づけを受け入れ、エッカルトの背に手を回す。二人はより強く互いを抱きしめる。
―――すぐにこの場を去ればよかった。
頭の中ではそう思うのに、カーライルの足は、まるで糸で縫い留められたように動かなかった。
そうしている間にも、二人の口づけは深くなっていく。護衛は恐らく気まずいのだろう、より距離を取ろうと更に数歩下がった。
―――その時。
カーライルはエッカルトと目が合った―――気がした。
カーライルは弾かれたように顔を背け、足早に立ち去る。
―――大丈夫、気のせいだ。
距離はだいぶ離れているし、エッカルトは俺がここにいる事を知らない。
なにより、エッカルトはシンシアと口づけをしているところで・・・
「・・・っ」
見たくもない光景が脳裏に浮かぶ。胸に苦いものが降り積もっていく。
「・・・何を今さら。分かってた事じゃないか。あいつはエッカルトのものだと」
苦いものを吐き出すように、カーライルは呟いた。
幼い時、シンシアに会っていたのはエッカルトだけではなかった。
カーライルだってそこにいた。
エッカルトとカーライルを見て『本当にそっくり』と言ったシンシアは、どうにかして見分けがつかないかと、カーライルとエッカルトの顔をじっと覗きこんだ。けれどやっぱり分からなくて。
でも、それから数年後、まだ髪を伸ばす前のカーライルを、シンシアは正しく名で呼んだ。
『たまたまよ』とシンシアは笑った。
確かに、たまたまだったのかもしれない。でも、やっぱりその後もシンシアはカーライルをエッカルトと間違えなかった。
それがカーライルの希望になるのは思いの外早く。
けれど、絶望に変わるのも早かった。
シンシアがエッカルトと婚約したと知らされた時、気づいてしまったから。
シンシアはカーライルを見分けられるのではない。エッカルトを見分けられるのだと。
エッカルトじゃない方がカーライル。ただそれだけのこと。
―――腹立たしい、腹立たしい。
どうしてあいつばかり―――
「はあっ・・・」
カーライルは少し走って、大きな木の下でしゃがみこむ。
早く気を取り直さないと、もう少ししたら馬車に戻る時間だ。
そう自分に言い聞かせ、深く息を吸った時。
背後でサク、と土を踏む音がした。
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