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兄と弟

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 エッカルトとカーライルは双子の兄弟だった。


 この国―――アルカン帝国の法では、後に生まれた方を兄とする。先に母の胎に宿ったからこそ後から出てくるのだという考えからだ。


 出産の際、先に生まれたのはカーライル、後から生まれたのがエッカルトだった。故にエッカルトが兄、カーライルを弟とした。



 エッカルトとカーライルが生まれたのは、アルカン帝国でも権力のある四大公爵家の一つ、ペールヴェーナ公爵家だった。


 エッカルトはその公爵家の後継ぎとして、そしてカーライルはそのスペアとして育てられた。


 一卵性双子の二人は、見た目も、声も、身長も同じ。

 衣服の色などで区別しなければ、誰も―――両親でさえも見分けがつかなかった。



 髪の色も身長も声も目の色も、受ける教育も同じで、成績もどちらも差なく優秀で。


 けれど、ペールヴェーナ公爵家の全てを受け継ぐのはエッカルト。カーライルには後でペールヴェーナ公爵家が保有する伯爵位が譲られる。領地は含まれない。


 だがその伯爵位も、兄エッカルトが結婚して子が生まれてからの話だった。それまでは公爵家に留まり、爵位を継ぐの執務を補佐する事が定められていたから。



 全てを生まれながらに手にしたせいなのか、それとも元からの気質なのか、エッカルトは明るく、おおらかで、呑気で、競争心の欠片もない男だった。話好きでよく笑う彼は、自然、友人も多くいつも人に囲まれていた。

 対してカーライルは、人づきあいを好まず、ひとりで勉強や学問をして時間を過ごした。将来、爵位は与えられるものの、それ以外は何も継承しないカーライルに、旨みはないと近づいてくる人間はあまりいない。



「やあ、エッカルト」

「・・・俺はカーライルだ。あいつはサロンにいるよ」

「あ・・・ああそう。ええと、ありがとう、カーライル。じゃあ」


 そう言って足早に立ち去るエッカルトの友人の後ろ姿を見るのもいつもの事だ。


 性格は正反対と言っていいほどに違う為、少し話せばどちらがどちらかすぐ分かる。だが、カーライルはその少しの会話も面倒だった。どうせ大抵の者は兄エッカルトに会いに来る。

 だからカーライルは、すぐにそれと―――話さずとも見分けがつくよう、しるしとして髪を伸ばす事にした。


 長く伸ばした青緑色の髪を無造作に後ろで一つに縛った方、それがカーライル。短髪がエッカルトと、見ればすぐに分かるようにと。カーライルが13の時だった。



 エッカルトとカーライルが14歳の時、エッカルトの婚約者が決まった。


 同じ四大公爵家であるエストリーデ公爵家の三女、シンシアだ。

 ふわふわとしたミルクベージュの髪に、薄紫色の瞳をした可憐な少女、年はエッカルトとカーライルより一つ下で、幼い時から何度か会う機会があった。この為だったのかとカーライルは思った。




「やあ、シンシア」

「ごきげんよう、エッカルトさま。これからどうぞよろしくお願いいたします」

「こちらこそ。シンシア・・・もう婚約したんだから、シアと呼んでもいい? 僕のことはカルって呼んで」

「はい・・・カルさま」



 照れ顔で婚約者の愛称を口にするシンシアを見て、エッカルトは口元を緩ませた。

 婚約の挨拶としてもうけられたお茶会の席。仲良く話す二人に、同席した両家の親たちも嬉しさを隠せない。

 たぶんその席にいた中で、嘘の笑みを貼りつけていたのはカーライルひとりだけだったろう。



 エッカルトの両親は、もうひとりの息子には婚約者を見繕わなかった。


 エッカルトとシンシアの間に嫡男が誕生するまで、カーライルは伯爵位を貰えない。その不確定な立場ゆえか、それとも長子に何か・・あった時にスペア・・・として働く必要がある為か、理由は分からない。正直、カーライルには、そんな事はもうどうでもよかった。



 ―――いや、むしろ。


 未来永劫、婚約者なんて必要ない。


 だって、もしこれから両親がカーライルの為に婚約者を見つけるとしても、その女性は絶対にシンシアではないのだから。



 ペールヴェーナ公爵家の爵位も、嫡男として両親から受ける愛や期待も、美しく可憐な婚約者からの愛情も。


 何もかもがエッカルトのものだ。




「・・・この国じゃなければ、俺が長子だったのに」


 自室にいた時だった。

 そんな本音が、カーライルの口からぽろりと溢れた。



 そう、この国に生まれなければ。

 隣国も、そのまた隣の国も、海を挟んだ向こうにある国も。

 アルカン帝国この国以外では、双子の兄は先に生まれた方と法で定められている。



 ただこの国に生まれただけで。


 ただそれだけで、エッカルトは全てを手に入れ、カーライルは全てを奪われた。


 これを理不尽と言わずして何と言おう。


 いつしか、屈託のない笑顔で話しかけてくるエッカルトを見ると、気分が悪くなるようになった。

 ほんの少し先に、あるいは後に生まれた、それだけの事に息子を差別する両親に腹が立った。



 ―――お前さえいなければ。


 いつしかカーライルは、エッカルトに対してそんな感情が育っていった。








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