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覚えのない絵

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「この店にしたんだ。どう? 美味しかったろ」


ダンは私に気づいて店の中に入ってくると、私に断ってから向かいの席に座った。


「ええ。私の好みにぴったりだったわ。教えてもらって良かった」


そう感謝すると、ダンは照れ臭そうに、それなら良かった、と微笑んだ。

だけど、その後にまた不思議に思うことがあった。

ダンは私の皿を見て、「これを食べたのか。良いチョイスだったな」と言ったのだ。


さっきのウェイターの話では、ダンはまだこの店に来てない筈なんだけど。


もしかして、ここってチェーン店?

だったら、別の場所でメニューを試したことがあるかもしれない・・・そう考えてみたけれど、いやいやそれはないでしょ、と思い返した。


店構えといい、店名といい、どう考えても個人経営のレストランだ。


だってこの店の名前は「レオニ&ドリス」。

そして、厨房でのやり取りがホールにも聞こえてくるけど、それが「レオニ、そろそろ茹で上がるわよ」とか「ドリス、これ頼む」とかなんだもの。

絶対、夫婦でやってるレストランよね。


う~ん、謎がどんどん深まっていくなあ・・・


「ロクサーヌ?」

「えっ、はい?」


ぼんやりと考え込んでいたら、ダンが首を傾げてこちらを覗きこんでいた。


「それも美味しいけど、ロクサーヌはこっちも気に入ると思うよ。次の時に試してごらん」

「・・・そうなんだ」


微妙な返事をした私を不思議に思ったのだろう、ダンが「どうかした?」と聞き返してきた。

一人でもやもやしてても、結局何も分からないままだろう。


気になる事は聞いてしまえ、そう思って。


「・・・私ね、ダンが私の名前を知ってたのは、同業者だからだって思っていたの」


前振りもなく、いきなり質問を投げかけてみた。


「ん? 同業者?」

「ほら、ロイくんとそれはそれは見事な砂のお城を作ったでしょ? 私、サンドアートは専門外だけど、それでもあのお城の出来の素晴らしさは分かるわ。だからあなたも美術関連の仕事をしている人かと」

「俺の職業はライターだけど」

「それはあのウェイターさんから聞いたわ。漁師さんのところに取材に来たんですってね」


ダンが苦笑した。


「さすが噂が回るのが早いな」

「噂だけじゃないわ。何だか随分と顔も知られてるみたいじゃない。ロイくんもそうだっだし、さっきも・・・ほら、親子連れの人たちに話しかけられてて」


私は何故か声を潜め、顔を近づけた。


「・・・ねえ、貴方、本当にここに昨日来たばかりなの?」


悪いことをしてる人には見えない。
だから何か隠し事をしているとしても、やむにやまれぬ事情があるに違いない。

ただそう思っただけなんだけど。


ダンはなぜか嬉しそうな顔で胸のポケットから折り畳まれた紙を取り出し、テーブルに置いた。


「今日はいつもより気づくのが早かったな」


と、意味不明な言葉を口にしながら。


どういう意味?と聞こうとして開いた私の口は、そのまま言葉を発することなく固まった。


テーブルの上に置かれた紙に、視線が釘付けになったから。


「え・・・? どういうこと・・・?」


そこには、絵が描かれていた。

それはダンの似顔絵で。
紛れもなく、その線は私自身が描いたもの。


ただ、私自身に、その絵を描いた覚えが一つもないというだけで。


訳が分からず、ただテーブルの上の絵を見つめる私に、ダンはこう続けた。


「長い話になる。場所を変えようか、ロクサーヌ」

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