【完結】君こそが僕の花 ーー ある騎士の恋

冬馬亮

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話し合いが四日後になった時点で、「明日にでも婚姻届を」というランスロットの希望は叶わなかった訳だが。

結果的に、話そのものはランスロットの意に添う方向に流れて行く。

婚姻届を、予定よりふた月早く、つまり四か月後に提出する事で話がまとまったのだ。


キンバリーとラシェルは恐縮しきりでこの提案を受け入れる。と同時に、この展開に驚いてもいた。
ランスロットは、幼い時から大人顔負けの聞き分けの良さを見せていた子だった。
長年にわたる実父の不在も、両親の突然の離婚も再婚も、物わかり良く受け入れた。
若くして当主の座に着いた事もあり、貴族としての立ち回りも上手く、何事もそつなくこなして。

そんなランスロットが初めて無茶を口にした事は、二人にとって予想外も予想外の出来事だったのだ。


「本当に良いのか、ハロルド」

「良いも何も、私には別に反対する理由もないからな。今ヴィオがここにこうして居られるのも、ランスくんの助けあっての事だしな」


苦笑するキンバリーに答えながら、ハロルドはランスロットが初めてトムスハット邸を訪ねてきた時の事を思い出していた。

そう、あの時ランスロットはハロルドに言ったのだ。『あんな表情は彼女に似合わない。ヴィオレッタ嬢には心から笑っていて欲しい』と。

実際、ランスロットはその言葉通りにヴィオレッタをあの家から救い出してみせた。そして今、ヴィオレッタは幸せそうに笑っている。

ハロルドにとってランスロットは有言実行の男。
今、恋の衝動による多少の暴走を見せたとして、この先ランスロットがヴィオレッタを不幸にする事は決してないと確信している。むしろヴィオレッタが愛され尽くす未来しか見えない。


「いずれにせよ、ヴィオが幸せになる未来は確定しているからな」


そう言って、ハロルドはちらりと横に座るヴィオレッタを見遣る。

彼女は彼女で、頬へのキスのお強請りが、まさかこんな形で返ってくるとは予想もしておらず、さっきから目をぱちぱちと瞬かせている。
婚姻の時期が早まる事に否やはなく、むしろ嬉しく思っているものの、この怒涛の展開に驚きを隠せないのだ。


対してランスロットは、まだ少し残念そうである。

彼にとっては婚姻=口づけの解禁なのだ。しかも口づけはヴィオレッタのご所望である。一刻も早く、その願いを法的に問題なく叶えてあげたいのだ。


そんなランスロットを見て、ハロルドは「仕方ないだろう?」と笑う。


「抑えた会場をお披露目に使うとして、まだ半年先だ。もし『すぐにでも』結婚して、子ができたらどうする? 妊娠のタイミングによっては、お腹の大きい花嫁を披露する事になるぞ」


妊娠、その言葉に、同時にランスロットとヴィオレッタの顔がぽぽぽっと赤くなる。
ランスロットはいざ知らず、ヴィオレッタは間違いなく、今この瞬間まで、男女のそういうこと・・・・・・に意識が行っていなかった様だ。


慌てるヴィオレッタを横目に見ながら、アンナニーナが話を引き継ぐ。


「そうよ。場合によってはヴィオちゃんのドレスも作り直さなくてはいけなくなるでしょ? タイミング次第ではお披露目が出来なくなって、また延期になるかもしれないわよ?」


万が一を考えて、早められるギリギリが四か月後だと説明が続いた。

妊娠の可能性については全く頭になかったらしいランスロットは、だが母ラシェルがミルドレッドを身籠った時の記憶がまだ新しかった事もあり、容易にその未来が想像できたのだろう。未だ赤らんだ顔で静かにこくりと頷いた。



「じゃあ決まりだな」


満足げに頷くハロルドに、キンバリーが顎に手をやりながら口を開いた。
 

「あと四か月か。お披露目は後で盛大にやるとしても、婚姻届を提出する日には、せめて身内だけでもささやかな祝いの席を設けたいな」

「いいお考えだと思いますわ。屋敷で小さな晩餐会を開いてお祝いしましょう。ハロルドさまたちもお招びして、ね?」

「おお、それは楽しみだ」

「ぜひ行かせてもらうわ」

「美味い酒を用意させるよ、ハロルド。その日は一晩飲み明かそうじゃないか」

「よし、ならキンバリーと私とどっちが先に潰れるか、競争するか」

「あら、あなたったら。ジェラルドも入れてあげないと、あの子が拗ねてしまうわよ?」


キンバリーの優しさの詰まった提案に、ラシェルが頷き、ハロルドたちもまた嬉しそうに続く。



こうして話し合いがまとまり、少し浮かれた雰囲気で解散となった後、どさくさに紛れてクルトとジョアンが結婚の報告をしてきた。

記載済みの書類を主人たちに見せた二人は、これから提出しに行くという。だが新居に移るのは半月先らしい。


驚くヴィオレッタに、ジョアンは少し照れながら打ち明ける。


「ギリギリまでヴィオレッタさまのお世話をしたいのです。でもそれ以上は、その、さすがに体調が心配なので」


二年ほど休職したいと願うジョアンは、二日前に妊娠が分かったばかりだと言った。

婚約をすっ飛ばしての結婚は平民同士の気楽さで許されるとしても、妊娠となるとそうは行かなかったらしい。
恐らくはジョアンの父ダビドにやられたのだろう、クルトの左頬が赤く腫れていた。
武術に長けたクルトなら余裕で避けられた筈だが、ここは大人しく殴られた様だ。


「クルト・・・お前、なんというか・・・すごいな・・・」


ランスロットに妙に感心されつつ、ジョアンの出産育児休暇は認められ、復帰後はバームガウラス家に移る事が決まる。


「なんだかおめでたい事が続くな」

「ふふ、クルトたちのお祝いもしなくてはね」


ラシェルの言葉に皆が頷き、笑った。




この時、あとは若いふたりの婚姻を待つばかりだと、誰もが気を抜いていた。


この少し先の未来、婚姻届の提出まであとひと月もないという所で、ちょっとした騒動が起きるとも露知らず。

 


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