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一難が去った頃
しおりを挟む一難去ってまた一難。
イライザによる毒殺計画についてはヴィオレッタが知らないうちに回避されていたとしても、全ての問題がなくなった訳ではない。
また別の問題が顔を出すだけだ。
「あなたの義姉だった方はね、散々ランスロットさまに付き纏ってらしたのよ」
「あんなに嫌がっていた人の妹と婚約なんて・・・ランスロットさまがお気の毒だわ」
ランスロットは令嬢たちから非常に人気がある ーーー それは、貴族社会からしばらく離れていたヴィオレッタでも薄らと分かっていた事だ。
だって、イライザがいつも先頭に立って騒いでいた事でもあったから。
筆頭公爵家の当主で、二十歳前の見目麗しい青年で、王国騎士団の実力ある騎士で、真面目で優しくて優秀で、と、ここまで素晴らしい条件が揃ってしまえば当然の反応なのだろう。
そう、ヴィオレッタは、諦めの悪い令嬢たちの嫉妬の標的となったのだ。
「正式な年にデビュタントも出来なかった訳ありのくせに」
「身の程をわきまえてはいかがかしら」
「あの方の優しさに縋るのは良くないと思いますの」
夜会では、片時も側を離れないランスロットが鉄壁の防御となってくれるが、令嬢や夫人のみが招待される茶会ではそうもいかない。
特に令嬢たちだけの集まりの場合、アンナニーナやラシェルの手も届かないのだ。
幸いなのは、三年以上イゼベルたちからの数々の嫌がらせに耐え続けたヴィオレッタにとって、それが大した攻撃に映らない事だろう。
身につけたスルースキルで悪口を聞き流し、黙ってお茶を堪能していれば、そのうち大抵の令嬢たちは諦めるか疲れるか、或いは手応えがなくて悔しがるかしてその場を立ち去る。
それでもしつこい何名かの令嬢たちにだけ、ヴィオレッタはこう言うのだ。
「私に言われても困ります。私を望んで下さったのはランスロットさまですし、私自身もあの方をお慕いしておりますもの」
それから、「何を言われようと、私から身を引くことはございません」と続ければ、彼女たちはわなわなと身を震わせる。
その時点で顔を真っ赤にして踵を返した令嬢が一人だけいたが、テーブルの上のお茶をドレスにかけようとしたり、頬を打とうとしたりと、暴挙に走る者の方が多かった。
ヴィオレッタはそれを甘んじて受けるつもりでいた。暴力を振るわれる事には慣れていたし、事が起きた後の方が、彼女たちの家に抗議を入れやすいと思ったから。
だが、令嬢たちの手が届いたのは一度きり。他はヴィオレッタ付きのメイドが前に出て、それを阻止した。
ヴィオレッタ付きのメイド ーーー ヴィオレッタを家族の様に大切に思い、ヴィオレッタもまた家族の様に思っている、そう、ジョアンだ。
ヴィオレッタ自身のドレスに茶をこぼされた時、ヴィオレッタが突き飛ばされそうになってジョアンが庇った時。
それらは令嬢たちにとって普通の社交が終わる時となった。
いつしかそれら令嬢たちは公の場には現れなくなり、ヴィオレッタへの嫌がらせも下火になっていく。
婚約して十月も経てば、あからさまにヴィオレッタに物申す令嬢はいなくなった。
その事に安堵したのは、たぶんヴィオレッタではなく、ジョアンやランスロット、アンナニーナたちだったろう。
ヴィオレッタは本当に、心の底から令嬢たちの言動など気にも留めていなかった。彼女たちでは、ヴィオレッタを傷つける事が出来なかったのだ。
ヴィオレッタの心を本当に抉る事に成功した人物は、過去も今もただひとり、彼女の実の父、スタッドだけ。
「いい子だね」「大好きだよ」「俺の大切な娘」
それだけを取ってみれば愛情表現に聞こえる言葉ばかり。
スタッドはそれらをヴィオレッタに投げかける一方で、娘への無関心を貫いた。
スタッドがヴィオレッタを憎んでいた訳ではないのだろう。彼が言った様に、本当に一番に好きだったのは彼の最初の妻エリザベスで、二番目に娘のヴィオレッタを愛していたのかもしれない。けれど。
スタッドが本当の意味で常に大事にしていたのは、一番大事だったのは、紛れもなくスタッド自身だった。それを、彼の言葉を聞くたびに思い知らされた、それだけだ。
ああ、そういえば。
今や揉め事が起こらなくなった和やかな茶会の席で、ヴィオレッタはふと思う。
お父さまは・・・いいえ、かつて父だった人は、今頃どうしているのだろうか。
何の脈絡もなくそんな事を考えたヴィオレッタは、この少し後に起こる事について、なにか予感めいたものがあったのだろうか。
ヴィオレッタとランスロットが婚約して一年が経つ頃、ある事件が起こる。
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