【完結】君こそが僕の花 ーー ある騎士の恋

冬馬亮

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彼、テオフィロ

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ヴィオレッタの一年遅れのデビュタントは、つつがなく、いや寧ろ鮮明すぎる程の印象を残して終わる。


それから一週間後。
トムスハット公爵家にて開かれたパーティで、ヴィオレッタとランスロットの婚約が発表された。

バームガウラス邸ではなくトムスハット邸で行われたのは、もちろんヴィオレッタの警護を最優先した為。
ゼストハたちの勢いは削がれ、襲撃もほぼをなくなっていたが、万一を考えての事だった。


会場として開放した広い庭園に、集まった大勢の人、人、人。

織物業で財をなすトムスハットと、武門の誉れ高いバームガウラス。

しかも公爵家同士の婚約である。

その縁の恩恵に預かろうとする者たちが、我先にと祝福の言葉を二人に告げてくる。
自然と長蛇の列となった。


こういった状況は、当主の座を継いだ時に既に経験済みであるランスロット。故に余裕の表情でそれらを躱し、ヴィオレッタへの気遣いも抜かりない。

ヴィオレッタも華やかな場は未だ不慣れであるものの、意外と肝が据わったところがあるのか、一度も微笑みを崩す事なく対応していた。


デビュタントを果たしたヴィオレッタは、これから社交でも忙しくなるのは間違いない。

既に多くの家から茶会やパーティの招待状が届いており、そのうち三件は出席が確定している。


今から十日後に開かれる侯爵家の茶会と、それから更に一週間後となる伯爵家のパーティ。
三つ目は、子爵家で開かれる茶会。
そう、イライザの情報を持ってきた令息の家である。


「バームガウラス公爵、そしてトムスハット令嬢。この度はご婚約おめでとうございます」


噂をすれば何とやら。
思い返していた所に、丁度その子爵一家が挨拶に来た。


「次の茶会は、お二人にご参加頂けるとか。誠に光栄にございます」


喜色満面でそう言ったのは、マルティネ子爵だ。その横には子爵夫人、すぐ後ろに立つのは、もうすぐ家督を継ぐという長男夫婦。

そして、更にその後ろに立っているのが『彼』だ。


「こちらこそ、茶会を楽しみにしていますよ、マルティネ子爵」


会話を続けながら、ランスロットは子爵家の次男へと視線を向ける。
視線に気づいた令息は、黙礼でそれに応えた。


令息の名はテオフィロ。

王国騎士団に務める友人に相談と称して情報を持ってきた人物。

今は離縁されたヴィオレッタの義姉イライザを、メイドとして彼の家に置いたその人である。









「お帰り、テオ。ねぇ、あの女の婚約パーティに行ってきたんでしょ? どうだった?」


トムスハット家の婚約披露パーティ後。

戻ったテオフィロにいきなりそんな言葉をかけたのは、彼の私室で帰りを待っていたメイド服姿のイライザだ。


「どうって?」

「嫌な女だったでしょ。昔からそうだったの。グズで脳なしのくせに、態度だけは偉そうなのよね」

「そうかな。僕には可愛らしい令嬢に見えたけど」


一緒に悪口で盛り上がろうと思っていたのに、予想した返答ではなかったらしい。イライザはムッと頬を膨らませる。


「ひどい、テオ。私はあの女に何もかも奪われたのに。ランスロットさまだって、本当は私と婚約する筈だったのよ?」


その言葉に、クラヴァットを外していたテオフィロの手が止まる。

ゆっくりと振り返り、テオフィロは笑みを浮かべた。


「イライザ、君には僕がいるだろ? それとも、まさかまだランスロット卿に未練があるとか?」

「・・・もちろんテオには感謝してるわ」


イライザはソファで足を組み直しながら肩を竦める。


「お父さまが平民になって、お祖父さまたちは住むところもなくなって・・・離縁されて行く当てもなく、困ってた私を匿ってくれたのはテオだもの。でも、ねえ?」

「でも、なに? もしかしてメイド服を着させられてるのが気に入らない? でも、今はまだ仕方ないんだよ」

「分かってるわよ。テオはこの家の当主でも後継でもないんだもの。好き勝手に動けないって事くらいはね」


イライザは立ち上がると、背中からテオフィロに抱きついた。


「大好きよ、テオ。前は冷たくして悪かったと思ってるわ。あなたが助けてくれたお陰で、こうして私はあの女に復讐するチャンスが持てたんだもの」

「イライザ・・・」


テオフィロは身体を反転させ、イライザに向き直ると、性急に唇を重ねる。


「ん・・・っ」


暫くの間、互いに唇を貪りあい、やがて離れた二人はそのままゆっくりとソファに腰を下ろした。


「ねぇ、テオ・・・頼んでた毒薬、手に入れてくれた?」

「・・・ああ」


もう一度、軽く唇を重ねてから、テオフィロが頷いた。


「一週間以内にここに届くよ」

「ふふ、良かった。なら、お茶会には十分間に合うわね」


テオフィロの背中に腕を回しながら、イライザは嬉しそうに呟く。


「そうだわ。あの女に使った後は、テオのお兄さん夫婦にも飲ませてやりましょうよ。
そうしたら次の子爵はテオになるでしょ? そして私は子爵夫人」

「・・・そうだね」


テオフィロのイライザを抱く手に力がこもる。


「・・・愛してるよ、イライザ。君が僕のものになるなら、何でもする。どんな手・・・・だって使うよ」

「そうよ。どんな手だって使ってやるわ。あの女だけは許せないの、幸せになんてさせてあげない」


テオフィロの腕の中。

イライザは茶器に口をつけ、苦しげに倒れるヴィオレッタの姿を想像して口の端を吊り上げる。


「ふふ。その日が来るのが待ち遠しいわ」





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