【完結】君こそが僕の花 ーー ある騎士の恋

冬馬亮

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青に誓う

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「・・・落ち着かれましたか?」


静かに問うランスロットに、ヴィオレッタはこくりと頷く。


二人が今いるのは、トムスハット公爵邸の庭にある四阿。

ハロルドやダビドたちを交えての報告を終えた後、気を利かせた伯父と従兄弟が、ヴィオレッタとランスロットの二人に散歩を勧めたのだ。


自分の父が自分の祖母に毒を盛った、その話はやはりヴィオレッタにとって衝撃だったのだろう、聞いた直後の顔色は酷いものだった。


そんなヴィオレッタをエスコートしながら、ランスロットは頭の中で慰めの言葉を探すが、何故か何も頭に浮かんで来ない。


「・・・」


いや、もういい加減にランスロットも気づいているのだ。
ヴィオレッタの前では、自分はどうにも上手く立ち回れなくなる事を。


なんとかしようと思えば思うほど、スマートに動こうと思えば思うほど。


泥くさく、みっともなく。

固まり、慌てふためき、言葉を失い、冷や汗を流す。


長く思考したにも関わらず、結局上手い言葉が何一つ思い浮かばず、ランスロットは情けなさに目を伏せる。

すると偶然、エスコートする自分の手の上に乗せられた、ヴィオレッタの手が視界に入った。


「・・・随分とよくなられたのですね」


何故だろう、あれ程までに言葉に窮していたのに、気がつけば呟きを漏らしていた。


突然の声にヴィオレッタは顔を上げるが、ランスロットの視線は重ねた手に向けられたままだ。

レオパーファ家から連れ出した時には、あかぎれや切り傷で血が滲んでいた手。それが、今はこんなに柔らかく、滑らかになりつつある事に、ランスロットは酷く安堵していた。


「・・・あ、その、お目汚しを」


まじまじと手を見つめるランスロットの前から、ヴィオレッタは慌てて手を引っ込めようとする。

だが、ランスロットはきゅっと手を掴んでそれを留めた。


「いえ、そんな意味ではないのです。僕はただ、貴女の傷がこうして少しずつ消えていく事が嬉しくて」

「ランス、ロットさま・・・」

「だから、本当によかったと・・・」


恥じらうヴィオレッタに、ランスロットは満面の笑みを浮かべながら顔を上げ ーーー


「「・・・っ」」


既に視線を向けていたヴィオレッタと、顔を上げたランスロットの視線が間近で絡みあい、二人は同じタイミングで息を呑む。

エスコートで手を重ねていたのだから当然の距離だった。邪な企みなどは何一つなく、自然に近づき縮まっていた距離。


「・・・っ、あ、の」

「す、すみません・・・っ」


パッと手を離し、ランスロットはズザザっと後ずさる。

奇襲でも受けたのかと思うほどの素早い動きに、少し離れた所で見守っていた侍女たちの肩が微かに震える ーーー それは勿論、笑いを堪えての事で。


一気に距離が開いた二人の間に沈黙が流れ、互いに気まずそうに視線を逸らし、それぞれが頭の中で話題を探す。


「・・・」

「・・・」

「・・・あの」


先に口を開いたのは、ヴィオレッタだった。


「・・・実は私、お祖母さまとの思い出が殆どないんです」

「・・・」


ここで言う「お祖母さま」とは、トムスハット家方ではなく、レオパーファ側の、つまりスタッドの母の事だろう。ランスロットは頷き、先を促す。


「何故かあまり会う機会がなく、私が覚えているのは一度きりで・・・それも私が五歳くらいの頃と随分と昔で」


辿々しく挨拶をしたヴィオレッタに、祖母は笑って頭を撫でてくれた。


祖母の膝に乗り、美味しそうな菓子を頬ばる。幼いヴィオレッタには果実水が用意された。

優しげな様子の祖母にすっかり緊張が解けた頃、室内の微妙な空気に気がついた。


「レオパーファ家の血を引く子が一人では心許ないわ。何かあった時の為に、最低でも三人は産んでもらわないと」


その言葉に苦笑する母と、珍しく無表情の父。


「エリザベスさんの体が心配なら、第二夫人を娶るなり、愛人を囲うなりすればいいんじゃないかしら? その方がエリザベスさんの体の負担も減るでしょうし」


祖母の口調はとても穏やかで、けれど父の眼差しはどこか冷たくて、母が何故か慌てた様子で。


まだ五歳だったヴィオレッタは、その時の会話の意味は全く分からなかった。
室内の空気に若干の違和感は覚えたが、祖母と父はそれなりに普通の親子関係にあると思っていた。


「・・・でも、もしかしたら、お父さまは昔からお祖母さまがお嫌いだったのかもしれませんね」

「・・・そう、ですか」


相槌を打ちながら、ランスロットは頭の中で計算する。


ヴィオレッタが五歳という事は、今から約十年前。

彼女の祖母に最初に異変が生じたのは九年前、手の指に痺れを覚えた時だ。

八年前には右手の動きが不自由になり、両足の指も痺れる様になっていた。


そして、ジョアンがあの家に送られた三年前には、既に小瓶のの服用は止めていたという。


ならば、スタッドが自分の母親に毒を盛ったタイミングは、その切欠となったのは。



ーーー 俺がこの世界で一番気に入っていたのはエリザベスだ ーーー


ふと、あの時のスタッドの言葉を思い出し、ランスロットは「なるほど」と頷いた。


「ランスロットさま?」

「・・・いえ、なんでもありません」


これはただの推測だ。

そんな形で、ヴィオレッタの父親が妻に愛情を示していたとして。

話しても、彼女の重荷にしかならないだろう。



「・・・」


ランスロットは空を見上げる。

ヴィオレッタと同じ、明るい青色をした空を。


息を深く吐き、離れていた距離を少し詰め、再びエスコートの為の手を差し出す。


「ヴィオレッタ嬢」

「はい」

「・・・その、もう少し、一緒に歩かせていただいても?」

「・・・っ、はい」


緊張気味に、頬を赤らめながら差し出した手に、ヴィオレッタもまた頬を染めながら手を重ねる。



今はただ、この人の笑顔を守る事だけを考えよう。


レオパーファ邸の中に閉じ込められて、手の届かなかった人。

それが今、やっと近くで温もりを感じられる様になった人。


決してスタッドの様に自ら手を離す事はするまいと心に決め、ランスロットはゆっくりと歩き出した。






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