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動揺
しおりを挟む「・・・っ」
ここで、ランスロットは我に帰る。
スタッドへの怒りに駆られ、心のままにヴィオレッタへの想いを吐露してしまった事に気づいたのだ。
・・・こんな時に。
僕は彼女の気持ちを考えもせず・・・
ランスロットの頭の中は、焦りと動揺と後悔でいっぱいになる。
だが、流石は筆頭公爵家の若き当主と言うべきか、表情には何の感情も見えない。
それでも動揺していると分かるのは、ランスロットが今もスタッドに剣を突きつけたまま固まっているから。そして、冷や汗を薄らと滲ませているからだ。
ここで、ひとり冷静だったのは、ハロルドである。
・・・まぁ、確かに。
彼は考える。
この状況で、しかもこの話の流れで、いきなり公開告白が始まるとは誰も思わんだろうな、と。
だからこその、この混乱ぶりだ。
しかも。
ランスロットは気づいているだろうか。彼の無意識下で溢れた愛の言葉は、ほぼほぼスタッドに向けて発していた事を。
一瞬。
そう、本当に最後の一瞬だけ、視線をヴィオレッタに向けてはいたけれど。
「・・・ふっ」
ハロルドは苦笑する。
・・・だからと言って、まさかあれをスタッドに向けたものとは誰も思うまい。
平民の女との愛を貫いた先代当主である彼の父や、ほんの数年前に夜会の場で想いを告げた彼の義父をハロルドは思い出す。
この熱量と想いの強さは、流石はバームガウラスと言うべきか。
有能で強くて美丈夫。
一見完璧な貴公子に見えるランスロットが、ヴィオレッタへの想いが絡むと途端にポンコツになるのが、ハロルドには面白くて堪らない。
・・・しかし、どうしたものか。
ランスロットが黙り込んだ今、言葉を発する者はいない。室内はしん、と静まりかえってどうにも息苦しい。
その静寂に、先ほどまでの冷たい緊張感はないが、代わりになんとも言えない混沌とした空気が流れているのだ。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
未だ思考停止に陥っているのはスタッドとテーヴ、そして多分ヴィオレッタ。もちろんランスロットも未だ硬直中だ。
どうやら無事なのは、本人よりも先に彼の想いに気づいていたハロルドだけらしい。
恐らくは同じ理由で薄々事情を察していたであろう彼の従者アルフは、そこそこの衝撃を受けている。
主に忠実な彼としては、きっとこの場での告白と相なった展開が残念なのだろう。
ハロルドは、彫像の様に動かない婿候補を見つめる。
スタッドに剣を突きつけたまま立ち尽くすという、永遠に見ていたくなる様な面白い光景。
だが、スタッドは生きた心地がしないだろう。今のスタッドに、そこまで考える余裕があるならばの話だが。
若さと青さ故なのか、きっと本人もこの様な形で告白するとは夢にも思わなかった筈。
ヴィオレッタの養親となる事が確定しているハロルドからすれば、既に婿認定したランスロットの行動は微笑ましいだけである。
婿候補の気概と決意の程が知れて大満足と言ってもいいくらいだが、こればかりはヴィオレッタの気持ちも大切だ。
政略結婚と銘打って、婚姻を結ぶのは簡単だが・・・
ハロルドはランスロットから視線を外し、隣にいるヴィオレッタの様子を窺う。
かなりの直球で、熱量も半端ない、けれどこの場には全くそぐわない唐突すぎる告白。
ハロルドが、控え目なヴィオレッタの反応を気にするのは当然と言えば当然。なにしろ、スタッドのせいでハロルドは姪と三年間、会うことも叶わなかったのだから。
願わくば、姪もまたこの純粋すぎる青年を好いてくれるといいのだが。
既に親になった気分でヴィオレッタの反応を窺えば、姪は目を大きく見開き、驚きで軽く開いた口に手を当てている。
ぱち、ぱち、ぱちと、ゆっくり瞬きを繰り返す眼には、困惑と驚きと喜色が混在していて。
ほう? これは・・・
ハロルドの胸に期待が宿る。
ヴィオレッタの頬が、じわじわと赤みを増していく。
それは両頬から顔全体に、更には首筋にまで広がり、やがて全身が真っ赤に染まったヴィオレッタが出来上がったではないか。
・・・これはまあ。
理想的な展開に、ハロルドはほくそ笑む。
ヴィオレッタのこの反応に気づいたのは、ハロルドの他にはランスロットの従者アルフだけ。
彼は驚きで目を見張った後、喜色も露わに拳を軽く握りしめる。恐らく彼もヴィオレッタの反応を気にしていたのだろう。
・・・さて。
そろそろ、婿どのにも気を取り直して貰わねば。
ランスロットの暴走とも言える告白は、ハロルドとしては嬉しい驚きではあったが、この場にいる本来の目的を忘れてはいけない。
口元を緩めるのはまだ早い、そう自分に言い聞かせながら、ハロルドはランスロットの名を呼んだ。
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