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目を瞑るとは

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ハロルドとヴィオレッタ。

登場した二人の組み合わせが意外だったのか、スタッドは口をぽかんと開けたまま動きを止めた。

片や、イライザの目はヴィオレッタのみを捉えている様だ。約ひと月ぶりに会う義妹を鋭い眼差しで見つめている。


騒ぎで集まっていた使用人たちもまた、異様な雰囲気に動きが固まったままだ。


ハロルドとヴィオレッタは突き刺さる様な視線の中、無言で足を進める。その足は真っ直ぐに、ランスロットが座るソファの前へと向かう。


ヴィオレッタの眼差しは静かだった。

ここに来るまでにハロルドから事情を説明されたのか、或いは二人をここまで先導したランスロットの部下がそれをしたのか、どちらにせよヴィオレッタは今が彼の約束した『迎え』の時であると理解している様だ。


ハロルドとヴィオレッタは、ランスロットの目前で足を止める。


この家の当主はスタッドだ、にも関わらず、彼がひと言も発せずにいるのをいい事に、ランスロットは手でソファを示して着席を促した。


これに対し、真っ先に硬直が解けたのはイライザだった。


「・・・っ、ヴィオレッタッ! あんた図々しくこんな所にまでっ、ランスロットさまから離れてっ! あ、あっちに行ってなさいよっ!」


だが、出した声量の割に注目する者はいない。的外れな事を叫ぶ愚娘に同調する者などこの状況でいる筈がない。


喚き散らかす娘をそのままに、スタッドが口を開く。


「ヴィオ・・・どうしてハルと一緒に・・・?」


平坦な、抑揚のない声。


「どうして、とはどういう意味でしょう、お父さま。何かおかしい事でもありますか? 私の伯父に当たる方ですのに」

「・・・いや、だが」


スタッドはそこで口を噤む。

衆目の中だ。使用人は無視しても良いとして、ハロルドも無視出来るとして、ここにはランスロットがいる。

筆頭公爵家であり武門の誉れ高きバームガウラスの当主でもあり、義父が騎士団長を務め、自身も騎士団に所属する男がここにいるのだ。


口に出来る筈がない。
大切な使用人人質たちがどうなってもいいのか」という脅しの言葉など。


「・・・俺の言ってる意味は分かるだろう?」

「分かりません」

「・・・ヴィオ?」

「分からないので教えてください。伯父さまに会うとどうなるのですか?」

「・・・」


この静かな言葉の応酬に何かを感じたのか、流石のイライザも口を閉じた。


場がしん、と静まり返り、緊張感のみがそこを支配する。


暫くしてその沈黙を破ったのは、ヴィオレッタの側に座るハロルドだった。


「・・・スタッド。取り引きをしようじゃないか」

「取り引き?」

「ああ」


ハロルドは懐から折り畳まれた紙を取り出し、広げてからそれを渡す。


「それにサインをしろ。今度こそヴィオレッタをトムスハット公爵家に引き取らせてもらう」

「~~~っ?!」


意味不明の音をイライザが発する中、スタッドは黙って渡された書類に目を落とす。


養子縁組の承諾書。


スタッドが署名をするべき欄だけが空白で、用意周到な事に他の箇所は全て埋まっている。


「・・・取り引きって言ったよね、ハル」

「ああ」


即ち、署名の代償として提供されるものがあるということ。


「それと引き換えに、お前の犯した悪行の一つに目を瞑る」

「俺の悪行、ね」


成程、とスタッドは呟く。


恐らくこの申し出は、ヨランダの姿が消えた事とも関係しているのだろう。ハロルドの協力者が逃した様だが、この落ち着きはらった様子を見るに、逃げたのはヨランダだけではないという事か。

つまりもう、人質が人質としての役目を果たす事はない。


そこまで考えてスタッドは口を開く。


「・・・確かに君の使用人たちを勝手によそには遣ったけれど、所詮彼らは平民だよ?
貴族令嬢の、しかもこの家の正当な後継でもあるヴィオレッタを手放すのと同等の価値があるとは思えないな。
ヴィオが居なくなってしまっては、この家を誰が継ぐと言うんだい?」

「・・・果たして貴方に、誰かに家を継がせる意志などあったのかどうか」


ぽそりとランスロットが呟く。


「・・・うん? ランスロット卿、今何と?」

「いえ」


ランスロットは緩く首を左右に振ると、僅かに口角を上げた。


「レオパーファ侯爵。我々・・が目を瞑るのは、その件に関してではありませんよ」


そして、先ほどアルフが持って来た鞄を膝の上に置き、カチリと鍵を外す。


その中からあるもの・・・・を取り出すと、テーブルの上に置いた。


それを見たスタッドと執事の二人が同時に息を呑む。


少しの間大人しく遣り取りを聞いていたイライザが、「なによ、これ」と場違いな程に緊張感に欠けた声を上げる。

だが、ランスロットが視線を向けるのはスタッドにのみ。それはハロルドも、ヴィオレッタもだ。


「レオパーファ卿、これに見覚えは?」

「・・・」


ランスロットが取り出したのはガラスの小瓶。

ほぼ空のそれには、底に薄緑色の液体が少しだけ入っていた。















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