【完結】君こそが僕の花 ーー ある騎士の恋

冬馬亮

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よく頑張った

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暗闇から一転、突然に灯された明かりの眩しさに、ロージーは目を細めた。


脳裏に、ずっと会いたかった家族の顔が浮かぶ。


ーーー 父さん、母さん、姉さん


六歳で別れたきり、もう記憶もあいまいでおぼろげになってしまった笑顔。
けれど絶対に忘れたくないと、ずっとしがみついていた大好きな笑顔だ。



目の前にあるのは、自分の腕を掴んだ人の大きな影。


そして背後には、迫る複数の足音。
そちらは間違いなく孤児院のスタッフたちのものだ。


やだ。

会いたい。父さんたちに会いたいよ。


ーーー と、その時。


「よく頑張った」


祈り、願っていた言葉が、ロージーの頭上から降り注ぐ。

腕を掴んでいた手が離れ、今度は両脇の下にそれが差し込まれる。体がふわりと宙に浮いた。


「もう大丈夫だ」


優しい声音に、ロージーは俯いていた顔を上げる。


明るさに慣れた眼に、昼間、孤児院を訪れた男性の笑みが映った。


「・・・あの時の、旦那さま・・・?」


逞しい腕に抱えられ、更には頭を優しく撫でられ、ロージーは目をぱちぱちと瞬かせる。


「偉いぞ、ロージー。後は、ここにいるおじさんたちに任せなさい」

「え?」


おじさん、たち・・


「キンバリーさま。奴らが来ます」


突然に割って入った別の声に、ロージーが視線をキンバリーの背後へと向ければ、明かりを持った者たちが他にもいる事に気づく。


その時、背後で院長の声がした。


「・・・っ、そこに居るのは誰だっ! あ、ロージー? おま、お前、ロージーを!」


院長たちは、ロージーを抱きかかえる男を目にして激昂する。
キンバリーの背後に明かりを持った者たちが複数いるせいで影になっているのだろう。院長は男がキンバリーだとまだ認識出来ていない様だ。


「この人攫いめ、そいつは俺の娘だぞ、ロージーを離せっ!」

「へぇ、『俺の娘』ね」


貴族対平民である。

ここでキンバリーが無理を押し通しても、相手は太刀打ち出来ない。
つまり、このままロージーを黙って連れ去ろうとも何の問題もないのだ。


だが私用で動いているとは言え、キンバリーは王国騎士団の長である。そして彼自身が常に筋を通す男という事もある。


何より、人攫いに人攫い呼ばわりされる筋合いはないのだ。


故に、キンバリーは公明正大さを求め、ロージーに耳打ちする。


「ロージーには、ひと言奴らに言って貰わないといけないんだ」

「・・・ひと言、ですか?」

「ああ」


キンバリーたちが心配していたのは、ロージーを盾に取られること。


それが故の、昼間の孤児院の訪問。
それが故の、裏庭の約束だった。


先にロージーを確保できた今、キンバリーに必要なのはロージーからのもうひと声だ。


「あそこで君のことを娘だって喚いてるおじさんがいるけれどね、ロージー、本当にアレは君のお父さんかな?」


キンバリーは敢えて皆に聞かせる様に声を張る。


「・・・っ」


ロージーの体がぴくりと跳ねる。


これまで三年間ずっと脅されていた。
馬鹿な真似をすれば家族を傷つけてやると、何度も何度も刷り込む様に。


言っても、いいの?

父さんも、母さんも、姉さんも、酷い目に遭わされたりしない?


自分を見上げるロージーに、キンバリーはにこりと笑って頷いてみせた。


「ロ、ロージー。ほら、どうした。パパだよ、早く俺がお前のパパだって、その怪しい男に言ってやれ。でないと・・・酷い目・・・に遭う事になるぞ?」

「・・・っ」


この期に及んで、まだロージーに脅しの言葉をかけて来る院長の声に虫唾が走る。


「大丈夫だよ、ロージー。本当のことを言ってごらん?」

「おじさん・・・」


ロージーは、昼にラシェルからかけられた言葉を思い出す。


ーーー 本当の家族の所に帰してあげたいの。
私たちと一緒に帰りましょう


そうだ。

あたしは・・・帰るんだ。


ロージーは顔を上げ、真っ直ぐに院長へと視線を向ける。


そして、言った。


「あたしの父さんは・・・あたしの本当の家族は別にいます」

「な・・・っ、おい、ロージー?」


植え付けられた恐怖心のせいか、ロージーの声は微かに震えている。

だがそれでも、彼女は声を張り上げた。


「この人とは、三年前まで見た事も会った事もなかった・・・あたしは、脅されてここに連れて来られたの」

「おい、ロージー・・・ッ」

「聞いたか、皆の者」


院長の声を無視してキンバリーは振り返る。
そして、背後に立つ私兵たちに告げた。


「昼間の様子を怪しんで再度確認に来てみれば、この孤児院は悪人どもの手に落ちていた様だ。私用で赴いたのがきっかけとは言え、これは騎士団長として見過ごせない事件である」

「き、騎士団長?」


院長を始め、孤児院のスタッフたちから響めきの声が上がる。

ここで漸く、ロージーを抱きかかえた男が貴族である事に気づいたのだ。

しかも、その職責は。


「そうとも。私はキンバリー・シュテルフェン伯爵。現王国騎士団の団長を務める者である。ああ、昔の名の方が聞き覚えがあるかな? キンバリー・バームガウラス。伯爵位を得る前の私の名だ」

「バ、バームガウラス・・・まさか、昼間の」

「あの時、素直にロージーを渡しておけばよかったな。まあ、どちらにせよお前が捕まる事に変わりないが」


キンバリーの合図と共に控えていた私兵たちが前に出て、院長たちに向かって進んで行く。


彼らは一様にジリジリと下がって行く。院長の他数名は、再び孤児院の中へ戻ろうとした。

彼らが塀を越えるという選択をしなかったのは、別の孤児たちを人質に取る為だろうか。


だが。


「無駄だ」


背後からキンバリーの声が響く。


キンバリー率いる私兵たちが、全て裏庭に集まっている筈もない。


塀の外側はもちろん、施設内も先ほどの隙をついて私兵たちが押し入り、孤児たちの眠る部屋に向かっている。

建物内の間取りは、キンバリー自身によって昼間に確認済み。


既に守りは固められていた。





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