【完結】君こそが僕の花 ーー ある騎士の恋

冬馬亮

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追いつめ、追いつめられ

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ーーー あなたを本当の家族の所に帰してあげたいの。ダビドさんたちの所に

夜の八時に裏庭に出て来て。私たちと一緒に帰りましょう ーーー



ラシェルから告げられた言葉が、ロージーの頭から離れない。


落ち着きのなくなったロージーは、それから少し挙動不審になってしまう。けれど院長はさほど気にしていない様だった。
恐らくは、ロージーの目の前で夫人の誘いを断ったせいだとでも思っているのだろう。

いつもなら叩かれる様な失敗も、今日ばかりは小言で済んだ。逆に言えば、院長はそれだけ気を抜いているという事だ。



夜の8時10分前。
孤児院の消灯時間になり、辺りが暗くなる。

表向きは院長の娘とされているロージーは、他の孤児たちとは寝る部屋が違う。
待遇は他の孤児たちと大して変わらないのに、部屋だけは院長の寝室のすぐ隣なのだ。恐らく見張りも兼ねているのだろう。


ロージーは震える手でドアを開ける。施設に金を使う気のない院長の方針で、消灯後の廊下は真っ暗だ。


静かに、足音を立てない様に、ロージーはゆっくりと廊下を歩く。

もし見咎められたら何て言おう、喉が乾いたとでも言えば良いだろうか、そんな事を考えながら足を進めていた時。

ギシ、と足下の板が鳴った。
昼間は気にならない様な小さな音でも、消灯後はやけに大きく響く。

ただでさえバクバクとうるさいロージーの心臓は悲鳴を上げる寸前だ。


「・・・なんだ?」


果たして、扉を開けて院長が顔を出す。


「・・・ロージー? そこで何をしている?」

「の、喉が乾いて、水を・・・」


緊張で上手く喋れない。

それでも、何とか考えていた言い訳を口に出来ただけマシだった。

どちらにせよ、ロージーが厨房に向かっていたのは嘘ではない。
そこを通って裏口に抜けるのつもりなのだ。さすがに表玄関から出るのは無謀である事くらい、ロージーでも分かる。


「・・・ふん。水を飲んだらさっさと寝ろよ」


院長は興味を無くしたのか、そのままパタンと扉を閉じた。


ほ、と息を吐くと、ロージーは今度は早足で歩き出した。もう院長に見られた後だ。足音など気にせず、なるべく早く裏庭に出た方がいい。


厨房の奥に向かい、食糧庫の横を抜け、裏口の扉に手をかける。


勢いよく開けたい所を我慢して、深呼吸してから静かに把手を回した。


キィ、と微かな音。肌に感じる温い夜風。


あの角を曲がれば裏庭だ。


安心、したのだろう。気が抜けてしまったのだろう。


扉を、開けた時と同じように慎重に閉めるべきだった。けれど、力の抜けた手から把手は離れ、バタンと音を立ててしまう。


「・・・っ」


ロージーの心臓がどくんと跳ねる。

ついさっき、院長は音に気づいて出て来たばかり。

ならば今の音も、絶対。


ロージーは走り出す。建物の角の先の、約束した裏庭へと。


その時、孤児院の廊下に明かりが灯る。

誰かが窓を開ける音がする。土を踏む足音も。


ロージーは必死に走って角を曲がる。その先が裏庭だ。けれど、どこもかしこも真っ暗で、助けがどこで待ってくれているのかも分からない。


「裏口だ! 裏口から外に出た!」

「あそこを曲がったぞ!」


後ろから、院長やスタッフたちの怒鳴り声が聞こえてくる。


どこ? どこ? 助けてくれる人はどこにいるの?


ーーー その時。


周囲一帯がパッと明るくなる。
誰かがロージーの腕を掴んだ。










同じ頃。

シャルマンたちの待つ集合場所に一番近い中央ソラストの領主の館では。


「ジョアン、今は大奥さまのお食事の時間ではなかったか?」


屋根裏へと続く階段を上るジョアンを執事のロータスが呼び止める。

振り向いたジョアンは、エプロンごとスカートをつまみ、軽く持ち上げてみせた。


「お食事の手助けの時に、うっかりスープをこぼしてしまいまして。汚れが酷いので一度着替えようと思ったんです」


見れば、スカートの前側部分はびしょびしょだ。具がこびりついている箇所もある。


「・・・成程。確かに着替えが必要だな」

「大奥さまのお食事のお手伝いは終わっております。許可も頂きました」

「ならいい」


そう言って階下へと降りて行くロータスの後ろ姿をジョアンは見つめ、軽く息を吐いた。

そして、そのまま屋根裏へと上がって行く。


「よう。邪魔してるよ」


室内には、何故かランスロットの従者であるクルトがいた。
だが、ジョアンは驚きもしない。当然だ、彼とは既に二度会っている。いよいよこの屋敷を抜け出すという今夜が三度目だ。


「さっきの声はここの執事だろ? 所在の確認でわざわざ来たみたいだな」

「そう・・・ですね。夜寝る時以外は、だいたい一時間おきくらいに様子を見に来ます」

「夜は夜で、前侯爵夫人の世話で二時間おきに叩き起こされてるんだろう? 君の目の下の隈が酷いのは、きっとそのせいだな」


ジョアンは苦笑する。隈が酷い事は自覚しているが、恐らくはそのスケジュールも逃亡防止の為のロータスの作戦なのだろう。


「じゃあ、俺は窓から外に出て準備してくるから、着替えておいて。服はそこに置いておいたから」


クルトはひらりと窓枠に乗り、用意しておいたロープを手にする。


「今からきっかり5分後だからな?」

「・・・分かりました」


クルトはひらりと手を振ると、闇の中へと消えて行く。ジョアンはそれを見送ってから窓を閉め、手早く着替えを済ませた。


ジョアンに私服はない。与えられているのは、使用人のお仕着せと寝巻きだけだ。

クルトがジョアンに用意したのは、動きやすいパンツスタイルの服。ジョアンはそれを着た上に、お仕着せの服を重ねる。細身の黒のパンツは、幸いな事にスカートの下でも大して目立つ事なく、違和感もなさそうだ。


そしてジョアンは約束の時を待つ。



ーーー 5分後。


領邸敷地内の倉庫から火が上がった。




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