【完結】君こそが僕の花 ーー ある騎士の恋

冬馬亮

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決行の時が来た

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レオパーファ領は、王都より南に馬車で一日ほどの距離だ。比較的王都に近い所領と言える。

だが今回そこに向かうのは人質奪還の為だ。
目指す場所はそれぞれ西部ラードル、南部ラシリオ、そして中央ソラストとバラバラだ。しかも同時に行動を起こさねばならない。
レオパーファ領内だけでも一つ一つ離れているのに、王都にあるレオパーファ本邸に向かう者たちとも連携を取る必要がある。

各自の到着時間、決行までになど必要とする時間、不測の事態が起きた時の対処など、考慮しなければならない事は山積みだ。


だが、ここでキンバリーが手を差し伸べる。


「こういう時に役に立たないと、騎士団長として経験を積んできた意味がないだろう?」


遠距離での共闘など、非常事態にはよくあること。もとより本好きで軍略戦略の本も多く読み漁っていたキンバリーは、彼の兄が団長だった頃から作戦発案にはよく関わっていたと言う。


キンバリーとランスロットの指示の下、四つの班が形成される。


西部ラードルに向かう第一班、中央ソラストに向かう第二班、南部ラシリオへ向かう第三班、最後は、王都にあるレオパーファ本邸に向かう第四班だ。


それぞれの長を決め、各自定められた時間にバームガウラス邸を離れて行く。




「さて」


前日に第一、第二、第三班の出立を見送ったランスロットは、騎士の隊服を着込み所定の時間になるのを待っていた。彼は第四班の長で移動時間は最も短い。

他班が目的地に着き準備が整うまで、じっと待つしかないのだ。


これまでずっとこの時を待ち続けていた。もう待つのも慣れたと、そう思っていたのに。


漸く動ける、ヴィオレッタを助け出せる、そう思うと心が逸り、今のこの一秒が一刻にも思えて来る。


落ち着け、とランスロットは自分に言い聞かせた。

それでなくとも、ここ最近のレオパーファ侯爵家の動きが妙で、ランスロットは心穏やかでいられないのだ。


あのひと月前の夜会の後辺りだろうか、レオパーファ家でイレギュラーな動きが出て来た。


ヴィオレッタが裏門近くに来ない日が単発的に出る様になったのだ。全く来ないならば病気か怪我、若しくは最悪の事態を想定して早急に動くところだが、また前の様にお仕着せ姿で掃き掃除をしている時もある。


即刻、諜報員に調査を命じれば、驚く報告が返ってきた。

どうやら侯爵夫人が家内の権限を取り上げられたらしい。それでヴィオレッタの家の中での処遇がころころと変わっているのだとか。


何故『それで』処遇が変わるのか、不思議に思い更に聞けば、レオパーファ侯爵は取り上げた権限を、「代わりが見つかるまで」と言って、取り合えずメイド長に預けたらしい。
そして、そのメイド長はその権限を配下のメイドたちに割り振って、家の中を回しているそうだ。


ヴィオレッタへの処遇が一定しない理由は、相変わらず父親のスタッドが娘に何の配慮もしないから。

メイドたちが彼女を令嬢として扱おうと、夫人がした様に使用人として扱おうと、スタッドが未だに関与しないからだった。


ただ、率先して虐げる存在イゼベルが力を失った事で、ヴィオレッタは前よりも安全になったと諜報員は言うのだが。


説明を聞いた後でも、レオパーファ侯爵の行動はランスロットには理解不能だった。

あの夫人に家内を管理する能力がないのは全く同意しかない。だが今回に限った事ではないが、スタッドの対応が場当たり的すぎるのだ。


スタッドがあんな事・・・・を仕出かしたのは、後継の座を欲しがっての事ではなかったのか。


今やランスロットは隠された彼の過去を知っている。だから余計に不思議でならない。


側から見ていると、スタッドは当主の立場に何の興味もなさそうに見える。まるで、レオパーファ侯爵家がどうなっても構わないかの様だ。


ランスロットは、考えすぎて痛み始めたこめかみを、指でぐりぐりと押した。


「・・・まぁいい。今はそれよりも、ヴィオレッタ嬢を無事にあの家から出す事だけを考えないと」


やがて予定していた時刻になり、ハロルド・トムスハット公爵が現れた。


「ランスロット卿」


ハロルドは手を差し出す。


「トムスハット公爵、こちらには・・・」

「大丈夫だ。例のレストランに入って、裏口から出た。その後も言われた通りのルートで来たよ」

「ならば大丈夫です」


ランスロットもまた手を差し出す。


「バームガウラス家の協力に心からの感謝を」

「いえ、その言葉は作戦全てが成功してから頂きます」


ランスロットは握手には応えつつも、謝意は固辞した。


「では、そうさせて貰おう。だが、今日この日を迎えられた事だけでも私には奇跡なのだ。私一人では、どれだけ足掻いてもなかなか調査が進められなかった。もう永遠にあの子を救い出せないのではと諦めそうになっていた」

「人質四人のうち、三人の所在まで公爵が突き止めて下さっていた。だからこその今です」

「ランスロット卿、君という男は・・・」


ハロルドは暫し言葉に詰まり、だが一つ息を吐くとこう続けた。


「ヴィオレッタが漸く幸せになれそうで嬉しいよ・・・あの子が素晴らしい男に巡り合えて本当によかった」

「・・・っ、トムスハット公爵、それは。その男とは」

「痛っ」


予想もしない言葉を耳にして、ランスロットは思わず、握手をしたままだった手に力を思い切り込めてしまう。


「あ、申し訳ありません。少し、その、動揺してしまいまして」

「いや、私こそ余計な軽口を叩いてしまったな」

「・・・あの、トムスハット公爵」


手を摩るハロルドに、ランスロットはおずおずと口を開く。


「その、ヴィオレッタ嬢にはもう既に・・・どなたかと素晴らしい出会いがあったという事でしょうか」

「・・・うん?」


見れば、先ほどまでの堂々たる態度はどこへやら、ランスロットはしゅんと項垂れている。


「ランスロット卿?」

「・・・いえ、喜ばしい事です。ヴィオレッタ嬢には幸せになってもらいたい。公爵が素晴らしい人だと仰るのなら間違いないでしょう」

「いや、あの」


ハロルドは慌てた。どう見ても目の前の若き当主は勘違いをしている。


「ええと、私の言う、その素晴らしい男とは、つまり君のことなのだが」

「・・・は?」


案の定、勘違いをしていた様だ。口をぽかんと開ける様は年相応の若者に見える。


そんな事を思いながら目の前の青年を見ていると、突然、音が出たかと思うくらいの勢いで赤面するではないか。


この青年は、もしかしたら今の今までヴィオレッタへの想いを自覚していなかったのではとハロルドは推察する。

今回の手助けで、何とも頼り甲斐のある青年だとランスロットの事を評価していたハロルドは、ヴィオレッタが絡むと色々な表情を見せる彼がますます気に入ってしまった。

だから、既に真っ赤になっているランスロットにダメ押しで告げる。


「ランスロット卿。君にならヴィオレッタを任せられると思っている。どうかあの子をよろしく頼む」

「・・・っ」


ランスロットは黙ってこくこくと頷く。

予想以上の初々しい反応に、ハロルドが思わず笑みを溢したのも束の間、ランスロットは顔を半分隠したまま時計を確認し、絞り出す様にこう言った。


「・・・そろそろ時間です、公爵。参りましょうか・・・」


耳まで真っ赤にしたバームガウラス公爵家の若き当主は、執事を呼ぶと前もって打ち合わせしていた通りにレオパーファ家への先触れを指示する。



決行の時が来たのだ。


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