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スタッドだけが助かった
しおりを挟む王都の中心を南北に走る通りは、この国一番の繁華街になっている。
その通りの少し南寄りの場所に立つレストランは王都一と有名で、いつも多くの客で賑わう。
だが今日は、その店の三階にある個室全てを筆頭公爵家のバームガウラス一家が貸し切っていた。
当主であるランスロットとその両親ラシェルとキンバリー、そして二人の娘でありランスロットの義妹でもあるミルドレッドの4人が、貸し切りの個室の一つに入る。
続いて給仕が入室し、ランスロットの耳に何事かを囁いた。
ランスロットは義父に視線で合図を送る。キンバリーもまたそれに視線で返し、二人は立ち上がった。
「では母上、少しの間失礼します」
「それほど長くはならないと思うから」
「はい、大人しくここで待ってますわ。二人とも行ってらっしゃい」
事情は心得たとばかりに微笑む妻の頬に、キンバリーは一つキスを落とす。それから妻の横に座る小さな娘の頬にもキスをした。
「とうたま?」
きょとんと見上げる愛娘に、キンバリーは笑いかける。
「小さなお姫さま。ここでお母さまと待っててくれるかな?」
「とうたまは?」
「ちょっとだけ出て来る」
「にいたまも?」
「ああ、にいたまもだ。いい子で待っててくれるね?」
「う~」
久しぶりの家族でのお出かけだと信じていたミルドレッドは、少しばかり不満顔だ。
そこにすかさずランスロットが給仕に何かを合図する。慌てて出て行った給仕を横目に、ランスロットは妹の前に膝をついた。
頬を膨らませる妹に小さな声で「プディング」と囁く。その途端、ミルドレッドは目を輝かせる。
「ぷでぃん!」
ランスロットは笑いながら頷いてみせる。
「アイスも一緒に乗っけてもらおうか」
「あいしゅ!」
「今、持って来てくれるよ。それを食べながら待っててね」
「あい!」
ぴし、と右手を上げ、いい返事をする妹の頭をひと撫でし、ランスロットは立ち上がる。
顧客の秘密厳守が当然の超一流店とはいえ、悠長にはしていられない。あちらもランスロットたちを首を長くして待っている。
スイーツを手に再び入室した給仕に後を任せ、ランスロットとキンバリーは別の個室へと移動する。
そこで二人を待っていたのは、トムスハット公爵、そうハロルドだった。
「待たせたな、ハロルド」
「いや」
二人の入室と同時に立ち上がったハロルドに、まずキンバリーが声をかける。それからランスロットが挨拶の言葉を交わした。
あの日、自分を手駒として使ってくれと言いに行った時から今日のこの日まで、ランスロットとハロルドとが直接に会う事はなかった。
ジャックスが使っていた情報伝達ルートの一つを借りるか、もしくは既に個人的にハロルドの知り合いだったキンバリーの伝手を使うかなど、常に複数の人の手を介して遣り取りしていた。
互いに、絶対に失敗をしてはならないと決意していたからだ。ヴィオレッタだけでなく、複数の人質を取られている状態では、少しの油断も許されない。
「ロージーの居場所を掴んでくれて感謝する。まさか孤児院にやっていたとは」
「僕の部下が無事な姿を確認しています。
まあ無事と言っても、目に見える範囲の身体的な確認に過ぎませんが」
わずか六歳で家族と引き離されたロージーの心の痛みは、誰も押し測る事は出来ないだろう。
だが取り敢えず、これで人質四人全員の無事と居場所を確認できた。問題はここからだ。
「レオパーファ侯爵が人質にしたのは全て平民。家族をバラバラにして働かせても、支払いのない労働を課しても、侯爵に問える罪は些細なものだ。お前が望むほどの罰は与えられまい」
騎士団長であるキンバリーがそう切り出した。
「・・・分かっているさ。平民と貴族では、どうしたって平民の方が不利だ。何をされても文句は言えないし、どれだけ不当に扱ったとて、無いも同然の処罰しかあるまい」
「そうだな、貴族相手に何かやっていたら話は早いんだが」
「・・・実は、その可能性もなくはない」
「何だと?」
「トムスハット公爵。それはどういう意味ですか」
「あの頃はスタッドの事を今の様に見ていなかったから、疑いもしなかった・・・だが、今さら調査しても、証拠がどこにもない」
ハロルドが考えに耽りながら発した言葉に、ランスロットとキンバリーの二人は身を乗り出した。
貴族相手の蛮行ならば、話は大きく変わってくる。ヴィオレッタの救出もより確実になるし、何よりスタッドからの後の反撃も防げるのだ。
だが、ハロルドの表情は暗い。
「余りにも昔すぎてな。何を言っても全てが私の憶測だと言い捨てられても仕方ないくらいだ。いや寧ろ、その話を持ち出したら、私の方が奴から侮辱罪を問われるかもしれん」
そのくらい立証が難しい話だ、とハロルドは続ける。
「・・・お話し頂けませんか。今はどんなヒントでも欲しいのです」
「ハロルド。取り敢えず言ってみてくれ。昔って、どれくらい昔なんだ?」
「・・・私が八歳の頃の話だから、もうかれこれ三十年以上前になるかな」
得られる情報なら何でも得たい、そんな気持ちで問いかけたが、思っていた以上に昔の話に、ランスロットもキンバリーも虚を突かれる。
「そもそも、その話すら後で知った。その後も、ヴィオレッタがあんな事になるまでは思い出しもしなかったのだが」
ハロルドは静かに続けた。
「リザの婚約者になる相手は、最初はスタッドではなかった。一つ上の奴の兄だったと、亡き父上が仰ったのを聞いた覚えがある」
その言葉に、キンバリーもランスロットも眉を顰める。
だって、スタッドは。
「・・・彼に兄弟はいないだろう?」
そう、スタッドは一人息子の筈だ。
だが、ハロルドはゆっくりと首を横に振る。
「元は三人いた。私はあまり覚えていないが、奴の上には兄が、そして下には弟が」
「・・・っ」
「・・・ちょっと待て。まさか」
息を呑む二人に、ハロルドは肩を竦めた。
「いや、弟は違うと思う。確かあの事件よりも前に病気で亡くなったと聞いている・・・だが、兄の方は・・・」
ハロルドは深く息を吐き、更に続けた。
「川遊びをしていて溺れたそうだ・・・兄弟二人で遊んでいて、二人ともが溺れて・・・そして、スタッドだけが助かったのだ、と」
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