【完結】君こそが僕の花 ーー ある騎士の恋

冬馬亮

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従者たちの出立

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ーーー 名前はロージー、今年で九歳になる女の子だ ーーー







今はまだ、ランスロットとヴィオレッタ、そしてハロルドとの関係が紐付けられていないとはいえ、怪しまれる様な事態は避けるべきという結論になり、ハロルドとランスロットの二人は、互いに会わずして連絡を取り合う方法を決めてから別れた。







「記録からお前の名前を削除しておいた。巡回中に令嬢を保護した騎士はテオだけとしてある。万が一あちらが照会する事があっても、お前の名が出る事はないだろう」

「ありがとうございます」


バームガウラス邸に戻ったランスロットは、その足で義父に報告した。もちろんハロルドも了承の上だ。


「やはり人質がいた様だな」

「はい。人数は四人、場所はそれぞれ違う様です。
まだ所在を確認出来ていない最後の一人、ロージーという女の子を僕が探す事になりました」

「それぞれに監視が付いて、互いに連絡を取り合う形か。そして、トムスハット公爵家にも見張りが付いているとハロルドは言っていたんだな」


話しながら、キンバリーは眉間に皺を寄せる。

予想はしていたもののそれを超える事態の報告を義息子が持って帰って来た事に、キンバリーも驚きを隠せないでいた。


「ですから、僕もトムスハット公爵に連絡する際は、極力顔を合わせない様にするつもりです。肝心な報告の時だけ、直に会って話す様にしようかと」

「それがいいだろうな」

「この三年間、公爵も密かに捜索を続けたそうですが、やはり限界を感じていた様でした」

「監視もあれば当然だろう。むしろ、ハロルドもよく頑張って三人まで把握したものだ」

「はい」

「・・・九歳の子どもまで人質に取るとはな。レオパーファ侯爵とは然程の面識もなかったが、そんな裏のある男だったとは。
三年前となると、引き離されたのは六歳・・・その子は当然だが、親も辛い思いをしたろうな」


現在、ラシェルとの間に二歳半になる娘がいるキンバリーは、まるで自分のことの様に沈痛な面持ちでそう言った。


人質に取られたのは、ヴィオレッタの乳母の一家。

エリザベスの妊娠、出産に際し、トムスハット公爵家から派遣したレオパーファ家へとた使用人家族だった。


ヨランダは、元はエリザベスの乳姉妹でヴィオレッタの乳母となった。
そして、その夫であり庭師として働いていたのがダビド、二人の間に生まれた娘たち二人が、ヴィオレッタの乳姉妹であるジョアンとその妹ロージーだ。


「・・・若草色の髪と橙色の大きな瞳、強いくせ毛で、顔にはそばかすと右頬に小さなほくろ、それから首元にも大きなほくろが一つ、父親と一緒に花いじりをするのを好んでいた・・・か」


特徴を書いた紙を読み上げながら、キンバリーの表情が歪む。

ランスロットもまた、同じ気持ちでいた。


「・・・諜報部門の者たちの他に、バームガウラスの私設騎士団の騎士たちも何名か使います。なるべく早く、見つけてあげたいんです。
もちろんヴィオレッタ嬢の為でもありますが、離れ離れにさせられた使用人一家の為にも・・・」

「・・・そうだな。その為にも、保護する際の方法も予め考えておかないと」

「はい。それに関しては義父上にも知恵をお借りしたく」

「勿論だ。私に出来る事は何でもしよう」


まだあちらに気づかれていない分、ランスロットたちは動きやすい。だが、なるべく早くロージーを見つけ出すには、今のこの気づかれていない状態のまま、捜索の手を速めなければならない。


「・・・あの日、僕が偶然にヴィオレッタ嬢と遭遇したのは幸いでした」


もしあの時に出会っていなければ、自分の知らない所でヴィオレッタの苦境が続いたかもしれない。そう思うだけで、ランスロットの胸は酷く痛んだ。


もっと早く彼女を見つけていれば。

もっと早く、彼女の苦境に気づき、手を差し伸べられていたら。


そんな後悔にも似た念に責きたてられる。
あんな風に出会えた事は奇跡なのだと分かっていても、それでも。

出会わないまま、全てが終わってしまった可能性すらあった、その事実が恐ろしい。


迅る気持ちのまま、ランスロットはまず、自身が信頼する従者兼護衛の二人を呼び出した。








「お呼びですか、ランスロットさま」


主人であるランスロットに呼ばれ、長年ランスロットの側で従者兼護衛として仕えるアルフが執務室の扉を叩いた。

室内には、主ランスロットとその義父キンバリー、そして既に呼ばれていたらしいアルフの弟クルトの姿があった。


アルフとクルトは、ランスロットの乳兄弟でもある。

幼い頃から共に時を過ごし、時には実の兄弟の様に笑い、遊び、学んだ仲だ。
そうして主従以上の親密な絆で結ばれた特別な間柄と言える。

必然、アルフとクルトの二人は、ランスロットの育ての父とも言えるキンバリーとの付き合いも長い。
何を隠そう、彼ら二人に剣を仕込んだのはキンバリーなのだ。


「ああ来たか、アルフ。ここに座ってくれ」


ランスロットの声に促され、アルフは主とその義父キンバリーの対面にある席、つまり弟のクルトの隣に座る。


「アルフ、そしてクルト。実は、お前たちに折り入って頼みたい用件がある。臣下の中で誰よりも信頼するお前たちだからこそ、引き受けてほしい」

「・・・っ、勿論です」


重々しい声で切り出され、アルフとクルトの二人は、思わず姿勢を正した。


「お前たちに託すのは、最も重要な任務だ。
何としてでもやり遂げてくれ」







ーーー その二日後、アルフとクルトの二人は、夜陰に紛れてバームガウラス邸を出て行った。

















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