【完結】君こそが僕の花 ーー ある騎士の恋

冬馬亮

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愛する人は花だと義父は言った

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「おめでとうございます、叔父上。いえ、これからは義父上とお呼びしなくてはいけませんね」



この時、ランスロットは14歳。

叔父キンバリーの長年の片想いが漸く報われた日に、笑いながらランスロットが言った言葉だ。





機械仕掛けの様なぎこちない動きの義父と、はにかんだ様に笑む母と。

愛を誓う二人を最前列で見守りながら、ランスロットは心の中で祝福の言葉を紡いだ。


14年間誰よりもラシェルの側にいたランスロットでさえ初めて見る様な笑みを、母ラシェルは浮かべている。

恥ずかしそうで、余分な力が抜けて、安心しきっていて、無防備な笑顔。


それは、ランスロットに見せる慈しみに満ちた、けれどどこか緊張した空気を纏うものとは全く別の顔だ。



ーーー 女性はな、ランス。花に似ていると思うんだ



あれはいつだったか。


屋敷の裏手にある花畑を眺めながら、キンバリーがそう呟いた事があった。


その言葉にものすごく驚いたのを、ランスロットは覚えている。


キンバリーが女性について語るのは非常に珍しい。
女性と付き合った経験がなく、30を超えてなお女遊びの一つもした事がない堅物で生真面目な騎士。

そんな叔父が、女性について語り始めたのだから。



「花、ですか?」

「ああ」


少しの沈黙。

キンバリーは花を眺め、少しして再び口を開く。


「水がないと花は枯れる。女性も同じだ、愛されなければいつかは枯れてしまう。
花に水をやる様にたっぷりと愛情を注ぎ、大切に慈しむ、すると更に女性は美しく咲き誇るんだ」

「・・・」

「もちろん男なぞ居なくても女性は十分に美しい存在なのだろう。だが、そんな存在を全身全霊でもって守り慈しむのが男の役目の様にも思う」


その時、叔父の頭の中に誰が居たかなんて、きっと言うまでもない。


ああ、そうだ。

あれは実父が母に離縁を告げに来る少し前に交わした会話。


あれから怒涛の様に事態が動いたせいで、すっかり意識の外にやっていた言葉だ。


もしかしたら、あの頃にはもう叔父は、いつか母に気持ちを告げる決意をしていたのかもしれない。


愛する女性を花に例えるなんて叔父らしいと、あの時は分かったようなつもりで頷いていたけれど、今の母の笑顔を見て、ランスロットはやっと叔父の、いや義父の言っていた意味が分かった気がした。


今日の母は、咲き誇る真紅の薔薇よりも美しい。

そして義父は、これから生涯をかけて、漸く手に入れたこの一輪の花を守り慈しむのだ。





ーーー 女性は咲き誇る一輪の花


その言葉は、ランスロットの心に深く、深く沁み込んだ。


キンバリーがそれをランスロットに話したのは偶然だったのか、それとも何か意図があったのか、それは分からない。

けれど、それまでずっとこの事・・・に関しては、無意識のうちに避けて来た様にも思うのだ。


バームガウラス公爵家当主として、自分もいつかは妻を迎える日が来るのだろう。


けれど。


そこでランスロットの思考は止まる。そう、いつもだ。


殆ど会った事もない実父の影が、ランスロットの心に影を落とす。


ランスロットは、ある時期まで母が夢遊病を患っていた事を知っている。夜中に水を飲もうとして偶然に見かけた、屋敷内を彷徨い歩く母の姿は、今も忘れられない。

何かを確かめる様に自分の眼を覗き込む母は、いつも少しだけ辛そうで、でも笑顔を見せるとホッと安堵の表情を浮かべていた。


平民女性を愛人として囲った父は、本邸には決して寄り付かなかった。

絵姿でしか見た事がなかった父に、実の親だという実感は最後まで湧かなかった。

結局ランスロットが彼と会ったのも、たったの一度きりなのだ。

しかも、当人同士の会話は一切なく、最悪の印象のまま決別。


自ら貴族籍を抜ける程、その愛人を愛していたらしい父は、母のことを『子を産む道具』と吐き捨てた。


ラシェルに暴言を吐き、実の息子に一瞥もくれない。

そんな男が実父だった。


知っていた、分かりきっていた事だった。


なのに。


自分は、あの父の血を引いている。

それがランスロットに枷をかけた。


けれど、一方で。


ーーー 女性は、全身全霊でもって守り慈しむべき存在


そう躊躇なく言い切ったキンバリーの血も、自分には流れている。


いつの頃からか夢遊病がすっかり治った母は、今、彼女だけを見つめ、こいねがい続けたキンバリーの隣で幸せそうに、安心しきった顔で笑っている。


そんな光景を見ると、ふと願いたくなってしまう。


自分にも、見つけられるのだろうか。



キンバリーが、キンバリーだけの花を見つけたように。


自分だけランスロットの花を。


自分の隣で、安心して、無防備に笑ってくれる人を。


自分の全身全霊をかけて守りたいと思えるような、そんな女性を。



・・・いや。

それは、どうだろうな。



拍手で新郎新婦への祝福を伝えながら、ランスロットは思考する。



そんな日が来ると、今のランスロットには到底思えない。

たとえ政略結婚でも、互いを敬い、尊重しあえれば、それでいいではないか。


そう自分で自分に言い聞かせる。


けれど、それはランスロットが知らないだけ。

そして、出会うまでにあともう少し時間がかかるだけ。


ランスロットは、自分が生涯をかけて守りたいと願う女性に、18の時に出会うのだ。




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