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めぐる季節
しおりを挟むデビッドは翌日に領地の屋敷に戻って行った。
それから、時はゆっくりと過ぎていく。
エドガルトとアデラインとの距離は、少しずつ埋められていった。
エドガルトは、常に胸のポケットにあの時のスケッチ画を折りたたんでしまっており、自身の歪みを感じた時にはすぐに取り出してそれに目を落とす。
そうやって、何度も何度も、刷り込むようにして自分自身に教えるのだ。
記憶と現実とが乖離している事を。
別の変化と言えば、アデラインのピアノがある。
デビッドの来訪以降、アデラインは時間を見つけてはピアノを弾くようになった。
もともとピアノは嫌いではなかった。
でも、父親との関係を思い悩むことが多かったアデラインは、これまで刺繍に没頭する時間の方が圧倒的に多かったのだ。
今は、刺繍はもちろん楽しむが、母の思い出を胸にピアノ演奏を楽しむ時間が増えてきている。
少しずつ、少しずつ、六歳のあの日から変わってしまったアデラインが、本当の意味で元の姿に戻りつつあった。
それから、爵位を引き継ぐ前段階の一つとして、予算や領地経営に関する権威の一部がセシリアンに与えられた。
そして今日は。
例の結婚式である。
そう、セスたちよりも随分と遅れて婚約しておきながら、半年以上先んじて結婚するアンドレたちの。
アデラインは、花嫁の控えの間で、エウセビアのドレス姿に感嘆の溜息を吐く。
「とってもお綺麗ですわ、エウセビアさま」
「ありがとうございます」
いつもと違い、少しはにかんだ様に笑むエウセビアの表情は可愛らしく、初々しい。
この後、花嫁の控えの間に夫となるアンドレが迎えに来る。
そうして花婿花嫁の二人が並んで緋色の絨毯の上を祭壇の前まで歩き、そこで婚姻の誓いの言葉を述べるのがこの国での慣わしだった。
花嫁の纏うドレスに決まった色はない。
だがエウセビアは自身のドレスに白色を選んだ。
アンドレが自分を白い薔薇に例えてくれたから、というのがその理由。
ベールを留める髪飾りには、その白薔薇がふんだんにあしらわれ、胸元にも袖口にも飾り付けられている。
そして、その白一色のドレスをアンドレが染めるかのように、彼の瞳の色である鮮やかな青色と髪色である金色の絹糸で、ドレスの裾周りに美しい唐草模様の刺繍が入れられていた。
「いつかは諦めなければいけない恋だと思っておりましたのよ。まさか、このような日を迎えられるなんて・・・」
そこまで口にして目が潤む。
泣いてはせっかく施した化粧が台無しだ。
エウセビアは軽く唇を噛んで堪えた。
「わたくしね、アンドレさまがずっと、ずっと好きだったのです」
「エウセビアさま」
「でも、あの方は本当に鈍感で、純粋で、全く下心のない友愛しか向けて下さらなくて。それがずっとこの先も続くのだろうと思っておりました」
窓から日が差し込む。
柔らかな光を纏う花嫁姿のエウセビアは、神々しい程の美しさだ。
「それでも良いと思っていたのです。互いの婚約が決まるまで、それまで側にいられれば」
にこりと微笑むエウセビアの視線は、どこか遠くを見つめていた。
「だから、わたくしにとっては都合が良かったのですわ。アンドレさまが貴女に恋をしたのは」
「エウセビアさま?」
「だって、貴女にはセシリアンさまがおられましたから」
アンドレの初恋が自分であることに全く気が付いていなかったアデラインは、驚いたように息を呑んだ。
「アデラインさまを諦める決意をアンドレさまがなさった時、わたくしは少し、途方に暮れましたの。ああ、このどっちつかずの楽しい時間はもう終わりだと」
だから、とエウセビアは続けた。
「賭けに出ましたの。まさか成功するとは思ってもいませんでしたが」
手に持っていた白薔薇のブーケを顔に近づけ、すう、と香りを嗅いだ。
「この白薔薇を、アンドレさまがわたくしの様だと仰って、花束にして贈って下さった時は、夢を見ているのかと、一瞬自分を疑いましたわ」
「ふふ、エウセビアさま。泣いたらお化粧が取れてしまいますよ」
アデルはハンカチを取り出し、そっとエウセビアの目元に押し当てた。
「もうすぐ世界一の幸せ者がエウセビアさまを迎えに来る時間ですわ。泣き顔を見せたら吃驚させてしまいますよ」
「幸せ者、アンドレさまは幸せ者なのかしら」
「それはもう、間違いありません。先ほどご様子を拝見してきましたから確実です」
浮かれまくって、落ち着きをなくして、セスとジョルジオに宥められていたのはアデラインも確認済みだ。
「でも、エウセビアさま。アンドレさまをお幸せにしただけで満足なさってはいけませんよ。エウセビアさまもお幸せにならなくては」
扉をノックする音が聞こえた。
花婿の到着だ。
「ね、エウセビアさま。約束ですよ。どうかお幸せになって下さいませね」
エウセビアが頷いたのを確認して、アデラインは扉の把手に手を置いた。
扉が開く。
そこには、顔を真っ赤にして、カチコチに固まっているアンドレが立っていた。
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