上 下
130 / 168

少しずつ変わる、少しずつ変える

しおりを挟む


「・・・おはよう」


朝、食堂で朝食を食べる僕たちに、扉の隙間から声がかかる。


照れくさいのか、恥ずかしいのか、それとも目を瞑りたくないのか、朝の挨拶をする時に、義父は扉をちゃんと開けない。


少しだけ、髪が扉の陰から覗くくらいのちょっとした隙間。


そこから義父の声が聞こえてくるのだ。

すぐに扉は閉まってしまうし、顔も見えないけど。

でも、確かにアデラインに向かっていて。



そして、登城の際も、エントランスで馬車を待つ間、僕たちは少し後ろで義父を見送る。


後ろ姿なら義父も普通にしていられるし、後は馬車に乗るだけなのだから何事かが起きる筈もない。


僕たちがする事と言ったら、後ろ姿に声をかけるだけ。

それに応えて、義父が小さく「行ってくる」と返すわけだ。


こんな感じだから、結局、義父の顔をろくに見ない生活は続いているのだけれど。

それでも。

ちらりと姿を見かけたり、一言でも声が聞けたり、目を瞑ってではあるが会うことが出来たり。


それが、アデラインにはきっと。

とても、とても、嬉しいのだ。


そして、そうこうしているうちに、次の散歩の予定が組まれた。


例によって、義父から日付けが知らされて来たのだ。


書かれていたのは、前に散歩した日からちょうど二週間後。


月イチでもいいかと思っていたけど、ひと月に二回なんて、義父が無理をしていないかと却って心配だ。


張り切るのは構わない。

でも、しわ寄せがアデルに行ったりしたら困るんだ。


やっと見られた、掛け値なしのアデラインの笑顔。

それをずっと側で見ていたいから。


まあ、僕に出来る事は限られているしね。

今はとにかく試食係を頑張ろうかな。


そう、試食係。

これはとにかく楽しいお仕事だ。


アデラインが作ったものを一番に食べられるし、美味しいし、楽しいし、役得だし、もう言うことなしってやつだよね。



・・・なんて悠長に構えていた頃が懐かしい。



いつも思うんだけどさ。

どうして用事とかトラブルとかって、時間をおいて順序よく来てくれないのかな。

たいていの場合、やる事がある時に限ってごちゃっとまとめてやって来るよね。


しかも、今回の用事は全くの想定外。


「こ、こんにちは・・・」

「・・・ようこそいらっしゃいました」


僕は目の前の、テーブルに着いた相手を見て、ひっそりと溜息を吐いた。


実はこの人のことを僕はろくろく知らない。

なんなら話をした事も殆どない。と言うか、たぶん一度もない。


だけど、こうして正式にアポイントを取ってから訪問されてしまっては、たとえ意図が分からずとも、よく知らない相手であっても、断りようがないんだよ。


「・・・それで、ご用件は何でしょう」


僕は、面会を申し込んできた相手であるルドヴィック・トルソー子爵令息に問いかけた。


「あ、あの」


ルドヴィック令息は、銀縁の眼鏡をクイっと押し上げると、やおら深々と頭を下げた。


突然に面会をねじ込んできた人物とは思えない。


なんだ、この腰の低さは。


「セシリアン・ノッガー令息。今日は・・・き、貴重なお時間を取っていただき、まことに、ありがとうごさいま、しゅ」

「・・・」

「・・・」


一瞬で、ルドヴィック令息の顔が、いや顔だけじゃなく耳まで。

真っ赤に染まった。



・・・いや、「しゅ」って何だよ。



しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!

さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」 「はい、愛しています」 「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」 「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」 「え……?」 「さようなら、どうかお元気で」  愛しているから身を引きます。 *全22話【執筆済み】です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/09/12 ※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください! 2021/09/20  

【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?

鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。  そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ…… ※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。 ※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。 ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

処理中です...