上 下
106 / 168

それは夢のせい

しおりを挟む


アデラインは夢を見た。


それは懐かしい、だけど少し寂しい夢。


もう二度と戻らない、温かさと優しさに包まれた家族の夢。


父が私の頭を撫でる。
母が微笑む。
私は、二人に囲まれてニコニコと上機嫌だ。


ああ、この風景は覚えてる。

まだ母が病にかかる前、元気だった頃に家族三人でピクニックに行ったときのものだ。


馬車で半刻くらい揺られて到着した場所は、ひらけた花畑とその向こうにある大きな湖。

一本だけ大きな木があって、その木陰に従者がシートを敷いてくれたっけ。


侍女が用意してくれたお茶とお菓子。

私はまだ小さかったから、お茶ではなくてミルクだったけど。


花を摘んだり、湖の周りをぐるりと散歩したり。


確かあの時、お父さまは私に肩車をしてくれた。


これは夢、よね。

今はもう、決して叶うことはない。


お母さまはお亡くなりになって。

そしてお父さまは私を遠ざけた。


ああ。
あの時の湖の水は、透き通っていてとても綺麗だった。



「・・・っ」


眠りながら泣いていたのだろうか。

気がつけば頬が濡れていた。


室内は真っ暗だ。

夜明けもまだ先みたい、だけど。


「なんだか目が冴えてしまったわ」


指でそっと頬の涙の跡を拭う。


幸せだった頃の記憶。

懐かしくて、愛おしくて、大切な思い出なのに。


同時に胸を抉られるような寂しさを覚える。

だから、私は母の肖像画を見るのが苦手だ。
家族三人で描かれてるものも。


過去の思い出を懐かしんで、今が辛いと思いたくない。

もう二度と、そんな事を思いたくないから。


「だって・・・セスが私を見つけてくれたもの」


暗闇の中、ぽつりとそんな言葉が溢れる。


あんな夢を見たせいだろうか。
セスの存在を思い出したからだろうか。

それとも、王太子殿下のお話を伺ったから?


ベッドサイドの明かりを点けて時間を確認する。


まだ一時を少し回ったところで、思った以上に時間が経っていなかったことを知る。


「水を飲んでこようかしら」

部屋を出て、厨房へと向かった、その時。

ふと、廊下の先の父の部屋に目が行った。


扉の隙間から灯りが漏れている。


「・・・」


どうしてなのかは分からない。

あの夢が、幸せだった頃の家族の夢が、私を動かしたのかもしれないけれど。


父が変わってしまった理由を知りたくて。

知らないといけないと、そう思って。


私は父の部屋の扉を叩いた。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!

さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」 「はい、愛しています」 「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」 「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」 「え……?」 「さようなら、どうかお元気で」  愛しているから身を引きます。 *全22話【執筆済み】です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/09/12 ※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください! 2021/09/20  

【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?

鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。  そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ…… ※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。 ※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。 ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

処理中です...