上 下
83 / 168

それがどうした

しおりを挟む


「フリがどうした。だからこの関係を破棄すると言うのか、それを私が承諾すると?」

「・・・は?」

「私を嘗めるな、そんな生ぬるい理由で私たちの関係を勝手に終わらせられて堪るものか。絶対に止めてなどやらんからな」

「・・・アンドレさま」


エウセビアの驚いた顔が新鮮だった。


完璧な笑顔の仮面で隠した筈のエウセビアの本心が一瞬、透けて見えて。


また直ぐに、それは綺麗に隠されたけど。


だけど、あんな表情を見せたってことは。


僕は拍手をしたい気分だった。


アンドレ。


言ってることは無茶苦茶だけど、本当に支離滅裂だけど。

今回に限って言えばグッジョブだぞ。

意図してなどいないのだろうが、お前の揺さぶりは抜群の効果を発揮している。


「アンドレさま。困りますわ、そんなことを仰られても」

「私だって困っている」

「え?」

「君がそんな事を言い出して、私は非常に困っている。私は・・・私は、きっと君は続けたいと言ってくれるものだと、そう思って」

「・・・わたくしが続けたいと言ったら、そうして下さるおつもりでここにいらしたと?」

「勿論だ。私と君は、そんな薄っぺらい関係ではないだろう、違うか?」


エウセビアがぴたりと固まった。


表情も、動きも全てが止まって。


「・・・エウセビア嬢?」

「・・・ええ。わたくしたちは、そんなに簡単に縁が切れるような薄い関係ではない。幼い頃からずっと隣におりましたもの。だから、止めるのです。止めてもまだ、わたくしたちは友人でいられますから・・・今までの様に」


そうでしょう?とエウセビアは笑う。


でも、その笑顔は、眉尻が少し下がっていて辛そうで、それが珍しく年相応の可愛らしさを無防備に曝け出している。

今、エウセビアは所作を取り繕う余裕もない。


それ程までに、アンドレにかき乱されている。


「だがそれは、約束を勝手に破る言い訳にならない。いいか、君と私は恋人だ。君が頼んできた。私がそれを受けた。だからそれは続く、これからもずっと。義兄が心配しようが、君のお父上が怒ろうが、私たち二人の関係だ。口は出させない」


アンドレは気づいているだろうか。


もうずっと、自分の台詞に「本物の」恋人であるかの様な言葉が散りばめられていることに。


エウセビアの頬が少し赤いことに。


いやきっと、僕たちだって赤面しているかもしれない。


だって、経緯を知っている僕たちの耳からしても、まるで告白のように聞こえるのだ。


アンドレの、必死の告白に。


嫌だ、捨てないでくれ、まだ一緒にいたい、自分たちの関係はこんな簡単に終わるものではないだろうと一生懸命に駄々をこねる哀れな男の台詞にしか聞こえないのだ。


・・・でも、このままじゃ平行線で終わる。


少しずつ、エウセビアの笑顔の鎧が剥がれ始めているのに。

この機会を逃したら、きっともう二度と。


・・・よし。


ずっと握り続けていたアデラインの手からもう一度力をもらう。


行くよ、援護射撃だ。


「ねえ、アンドレ」

「・・・む?」


お前の親友が、もと恋敵が、しゃしゃり出てやろうじゃないか。


「つまりさ、お前はエウセビア嬢の恋人役を他の誰かに譲る気はないって事だよね? この先もずっと」

「そうだ」

「だけどエウセビア嬢は終わらせるつもりでいる。その理由は、この関係が『仮』のものだからだ。『仮』は『本物』には勝てない。この先、エウセビア嬢に本物の恋人が現れたらお前は諦めるしかないんだ。ならお前はどうする? どうすればいいと思う?」

「・・・セシリアンさま、それは」

「今だけ口を挟ませて、エウセビア嬢。これだけ言ったら、後は黙るから」

「・・・分かりました」



エウセビアの顔は林檎のように真っ赤だ。

こんな無防備な彼女は見たことがない。


今しか押すチャンスはないんだ。


だからアンドレ。

男を見せろ。


「私は・・・」


さあ、アンドレ。

行け、やってやれ。


「・・・本物が現れたら、決闘を申し込んでやる!」

「「「・・・は?」」」



・・・三人で、ハモった。見事に。


決闘。決闘って。


アンドレ、どうしてお前は。


話題を微妙にすり替えるのがそんなに上手いんだ。


僕が頭を抱えてテーブルに突っ伏しかけた時。


「ふっ・・・」

「・・・エウセビア嬢?」

「け、決闘、ですか・・・ふふっ、そんな乱暴な話・・・いくらアンドレさまでも・・・ふふ、あははっ・・・」


あ、あれ?

もしかして、喜ばれてる?



エウセビアは一瞬ぼかんと呆けていたけど。


その後すぐに、声を上げて嬉しそうに笑い出したのだった。


しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!

さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」 「はい、愛しています」 「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」 「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」 「え……?」 「さようなら、どうかお元気で」  愛しているから身を引きます。 *全22話【執筆済み】です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/09/12 ※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください! 2021/09/20  

【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?

鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。  そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ…… ※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。 ※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。 ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

処理中です...