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いつもと同じ
しおりを挟むアデラインは、エウセビアと電話で話をした時から予感めいた何かを感じ取っていた。
「色々とありがとうございます、アデラインさま。必ず参りますわ」
いつもと同じ静かな口調。
いつもと同じ柔らかな声。
いつもと同じ。
なのに、何かが決定的に違う。
聞けば、お父上のランデル侯爵からは特段に叱られたりはしていないという。
ただ、いい加減に聞き分けてくれと、そう言われているらしい。
「せめて一年、と思っておりましたけれど、こうなってしまうと仕方がありませんわね」
そんな悲しい呟きも、いつもと同じ声のまま。
「それではアデラインさま。明日またお会いしましょう」
「・・・ええ、エウセビアさま。また明日」
受話器を置く最後の瞬間まで、エウセビアさまはエウセビアさまらしい、落ち着いた声だった。
「・・・」
セスによると、アンドレさまは森のクマさんの様にぐるぐると部屋の中を歩き回っているらしい。
アンドレさまもアンドレさまなりに必死に考えているのだろう。
自分の奥底にある気持ち。
アンドレさまにとって、エウセビアさまはどんな存在なのか。
どうするのが正しいか、どうしたら後悔しないか。
そうやって悩んでいるだけ、まだ希望が残っているように思えてホッとする。
だって。
だってエウセビアさまは、とても静かで。
きっと、もう諦める準備をしてる。
いつだって優しい眼差しでアンドレさまを見守ってらしたのに。
アンドレさまのやる事なす事、それはそれは楽しそうに喜んでらしたのに。
エウセビアさま以上に、アンドレさまを肯定して下さる方はいない。きっと、この先も絶対に現れない。
なのに、もう終わりなの?
私は受話器を置いたまま、その場から動けずにいた。
翌日、セスとアンドレさまと三人で馬車に乗り込む。
今日使うのは、家紋の入っていない方の馬車だ。
セスが御者に行き先を告げ、窓のカーテンを閉める。
馬車が目的地に到着するまで、誰も口をきかなかった。
私たちはサシャさまが指定した商会の表玄関から入ることになっている。
入り口では既に責任者が待機していて、名前を告げるとすぐに離れの間へと案内してくれた。
サシャさまは、別の建物からやって来るエウセビアさまを案内されるのだとか。
到着した先の部屋に、まだエウセビアさまはおられなかった。
社員の一人がお茶を用意するとすぐに下がり、今は再びセスと私とアンドレさまの三人きり。
その間、ずっと沈黙が落ちていたけれど、不思議と気まずさは感じなかった。
だって、これは必要なものだから。
今も必死で、アンドレさまは考えているから。
だから余計なお喋りは必要ないのだ。
「失礼します」
ノックの音と共に、扉が開いた。
前に会った時からそれほど時間が経った訳でもないのに、何故か懐かしく感じる友人がそこに現れた。
「皆さま、ごきげんよう」
やはり、いつもと同じ美しい佇まいで、静かな声で、優しい口調で。
アンドレさまが白薔薇のようと言い表した姿そのままに高貴で、凛としていて。
そう。
いつもと同じ姿で、同じ笑みで、エウセビアさまはそこに立っていた。
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