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プレゼントの破壊力

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もう朝の挨拶にも、だいぶ慣れてきたみたいだな。


「おはよう、アデライン」


ふわりと抱きしめたアデルの耳元で挨拶の言葉を囁きながら、そんな事を考えた。


「・・・おはよう、セス」


僕の腕の中にすっぽりと収まった義姉が、少し恥ずかしそうに挨拶を返してくれる。


長く抱きしめていては駄目だ。
やり過ぎになってしまう。


僕は名残惜しい気持ちを押し隠して、するりと腕を解いた。


あくまでも挨拶上のスキンシップとしての境界を越えてはいけない。


「じゃあ行こうか」


そう言って手を引くと、頷いて並んで歩き出す。


僕とアデラインの婚約者兼、義姉弟の生活は、今日も平和だ。


ちらりと横に立つアデラインを見れば、思わず頬が緩む。


「セス? どうかして?」

「・・・ううん。気に入ってるんだなって嬉しくて。ただそれだけ」

「え?」

「今日もつけてるからさ」


意味が分からず、きょとんとするアデラインの髪に手を伸ばした。


「僕が買ってあげた訳じゃないけど、選ばせてくれたやつだから、なんだか嬉しくて」


銀細工の髪飾り。


「あ・・・」


何のことを言われているのか、アデルもここでやっと気付いたようだ。


後ろに留めた髪飾りに手をやると、嬉しそうに微笑んだ。


「ええ、そうなの。とても気に入ってるの」


その言葉に、僕も思わず笑顔になった。


アデルの笑顔は、初めて会った時には想像もしなかった様な穏やかさを纏っている。

僕はそれが嬉しかった。


このまま、幸せになることを怖がらないようになってくれれば、そう思いながら繋いだ手に力を込めた。


多分、ショーンも同じ気持ちでいてくれているのだろうと思う。


扉で出迎えた彼の表情は柔らかかった。




そんな穏やかな日の午後のこと。

以前に注文した品が服飾店より届き、僕はそれをポケットに収めて上機嫌でサロンに向かった。


アデルのために用意したプレゼント。

どうやって渡そうか。


そんな事を考えながらサロンに入ると、アデラインは既にテーブルに着き、刺繍をしていた。


これはここ最近、お馴染みになった風景。


集中しているみたいだから、僕はそっと向かいの席に座り、黙って作業する姿を眺める事にした。


アデルは、真っ白の布に真剣な表情で一針、一針、丁寧に刺している。


細かな作業に頭が痛くなるんじゃないかとか、目が辛くないのかとか、男の僕からすると心配になるのだけれど、そう質問すると、これが意外に楽しいのだとアデラインは笑って答えるのだ。


今も口元に微かな笑みをたたえ、目元が柔らかく細められている。


そんな顔をするほど、刺繍が好きなのかな。


そう聞いてみたいけど、この静寂を邪魔してはいけない気がする。


まるで一枚の絵画を切り取ったかのような美しい風景に、ずっと見惚れていたいと思って、ただじっと見つめていた。


そこに、お茶の準備を終えた侍女が現れる。


残念。

アデルを見つめていられるご褒美の時間は終わりだ。


カチャ、と茶器がテーブルに置かれる音に、アデルが顔を上げ、向かい側に座る僕を見て驚いていた。


ふふ、本当に集中していたんだね。


「ごめんなさい。セスが来ていたのに気づかなくて。わたくしったら夢中になっていたみたい」


慌てて刺繍の道具を片付けながら申し訳なさそうにする姿に、却ってこちらが悪いことをした気分になる。


「針を刺してる姿を眺めるのは楽しかったから、気にしないで。随分と難しそうな意匠みたいだね。上手いものだなって感心しちゃったよ」

「そんな事はないわ。多分、ちゃんと見たら粗だらけだと思うの」

「そう? そんなことないと思うけどな。ねえ、ちょっと見せてくれない?」


軽い気持ちでそう言った。

ほんの好奇心。それだけ。


でも、アデルは真っ赤になって、目を泳がせて、首を横に振る。


「だ、駄目よ。これは・・・練習用だから」

「練習?」


アデルはこくりと頷く。


「プレゼント、しようと思って・・・練習しているの。だからもう少し待ってもらえるかしら?」


胸がどくん、と鳴った。


プレゼント、って誰に?

少し待ってって聞こえたけど、それは僕にくれるってこと?


頬がじわじわ熱くなる。


落ち着け。

早とちりだったらどうするんだ。


勝手に期待して、勝手にがっかりするとか、格好悪すぎだぞ。


ひとつ、息を吐く。


「プレゼントって、誰に?」

「・・・それは、勿論・・・」


期待するな、と自分に言い聞かせて、なのに心は勝手に期待を膨らませる。


自惚れるな。

僕はまだ義弟以上、恋人未満だ。


「セ・・・セスに、だけど」


まだ、恋人未満。


・・・まだ。


「この髪飾りを選んでくれた時も嬉しかったのだけれど、考えてみたら、セスにはずっと優しくしてもらって・・・いる、から・・・だから、あの、お礼をしたいと、そう思って・・・」

「・・・」


僕は掌で顔を覆った。


「セス?」


ヤバい。


理性が崩壊しそうだ。


僕はプレゼントを忍ばせたポケットに手を当てる。


驚かせるつもりが、逆に驚かされた。


自惚れちゃいけない。

安心するにはまだ早い。


だけど、それでも。

義弟に対するただの感謝だとしても。


「・・・嬉しいよ。出来上がるの、楽しみにしてるね」



その気持ちだけで、この五年間が報われた気がした。


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